専門性を生かし高齢者に寄り添う。地域で活躍する認定看護師
まちで活躍する認知症看護認定看護師
大阪市のベイエリアに位置する大正区。この地域で活動する認知症初期集中支援チーム「大正区済生会オレンジチーム」は、大阪市から委託を受けて地域の認知症の相談窓口として、2016年4月から事業をスタートさせました。
主な活動は、大正区内在住の地域住民から連絡や相談を受けて自宅を訪問し、認知症の鑑別診断や介護保険の申請につなげること。
本人やその家族が住み慣れた地域で、その人らしく暮らし続けるための包括的・集中的な支援を行なっています。
チームのメンバーは、看護師、介護福祉士、作業療法士の3人。その中で認知症看護認定看護師として活動するのが今回ご紹介する矢野和枝さん(トップの写真)です。大阪24区内にある各認知症初期集中支援チームの中で数少ない認知症看護認定看護師の資格を持っています。
「私は元々訪問看護に携わっていました。身近にいる人のことも忘れてしまうという理由から、認知症は家族が一番しんどいといわれますが、うまくアドバイスができないことも多くて……。もっと認知症のことを学びたいと思って資格を取りました」
矢野さんは「認知症だから」といったような思い込みを取り払い、認知症の専門知識をもとに当事者が元々抱える病気や、せん妄(一時的に起こる精神機能の障害)の影響なども考慮しながら身体状況・認知面での評価を行ないます。
※認定看護師…ある特定の看護分野で専門的な技術や知識を有する看護師のこと。5年以上の看護師の実務経験と日本看護協会が定める600時間以上のカリキュラムを修めたのち、認定審査をパスすることで資格が取得できる。
粘り強く当事者との関係性を築く
認知症に関する相談は、「年金支給日を間違えて来た」という郵便局や銀行の連絡から始まることも少なくありません。取材中、矢野さんは郵便局から情報を受けた70代女性の例を紹介してくれました。
「その方は一人暮らしをしていたのですが、以前から訪問介護員さんに対して『物を盗まれる』との妄想があり、訪問者に対して強い警戒心を抱かれていました」
そこで矢野さんは「健康管理のために個別訪問する看護師」として関わることに。初めはスムーズに対応してもらえそうな時間を探って訪問していたものの「今日は帰って」と追い返されることも珍しくありませんでした。
そうしたときでも「寒くなってきましたが風邪などひかれていませんか」などと書いた体調を気遣う置き手紙をしたり、ちょっとした立ち話をしたりして、徐々に信頼関係を築いていきました。
「ある日、その方が整形外科の通院を中断していたことが判明しました。理由を尋ねると、足を痛めて通院への不安を抱えていたことが分かり、『車いすを借りてくるから一緒に通院しませんか』と提案。申し出を受け入れてくださり通院を再開できました」
これがきっかけで矢野さんに心を開き、介護保険の申請につなげることができたそうです。
相手を尊重した言葉遣いで接する
認知症の人と接する際、さまざまな工夫を凝らしている矢野さん。中でも強く意識しているのが言葉の言い回しだそうです。
「例えば、『認知症』『徘徊』という直接的な表現は避け、『もの忘れがありますか』『家に帰ってこられないことがありますか』と言葉を置き換えるようにしています。認知症の人はこちらが思っている以上に話を理解しています。なので、言葉遣いには特に気をつけています」
矢野さんは自宅訪問の合間をぬって可能な限り地域に出向き、高齢者がよく足を運ぶ病院や郵便局、喫茶店、コンビニなどにチラシを持参して、認知症の疑いのある人を見かけたら連絡をもらうように呼びかけを続けています。
また、大正区老人福祉センターや地域包括支援センターで出張相談会なども実施。「最近物忘れがある」「自分は認知症では?」など、認知症が心配な人の相談を直接伺う場も設けています。
「こうした地道な活動が、本人だけでなく、相談できる場所があることを知らずに苦しむ家族、また、誰にも気づかれない独居の認知症高齢者を救う第一歩です」
矢野さんのように専門知識を持った認定看護師が街に出て、地域が一体となって高齢者を見守る――認知症看護認定看護師の地域での位置づけは今後さらに重要なものになりそうです。