福祉にマニュアルなし。今も理想を目指して模索中!
2021.09.03

ダイバーシティあふれるソーシャルファームを目指して

東京 NPO法人多摩草むらの会
Let’s SINC
農福連携、企業連携、地域連携を柱に、共に働き支え合うためのプラットホームをつくる
さまざまな理由で就労が困難な人たちを雇用して共に働く場をつくり、その事業収入を主として運営されている「ソーシャルファーム」。ヨーロッパ中心に世界に広がりましたが、日本では行政による推進が始まったばかりです。そんな中、20年以上前からソーシャルファームの先駆けともいえる活動をしてきたのが認定NPO法人「多摩草むらの会」。活動の歩みや事業のあり方を追いながら、誰もが自分らしく働ける社会の実現について考えます。

商品とサービスの魅力で勝負する!

多摩草むらの会は、主に精神障害者の自立を組織的に支援することを目的として1997年に設立。東京都多摩市と八王子市を拠点に、12の就労継続支援事業所や相談支援事業所、グループホームなどを運営し、障害をもつ「メンバー」と共に働く場をつくる「スタッフ」が力を合わせて仕事をしています。魅力的な商品やサービスを提供するその事業内容はじつにバラエティ豊か。ちょっと様子をのぞいてみましょう!

畑deきっちん

商業施設・ココリア多摩センターにあるレストランで、多摩草むらの会で唯一の就労継続支援A型事業。「夢畑」や提携農園で採れた野菜を中心に、素材を丁寧に調理した本格料理を味わえます。

病気になる前は接客業に従事していたので、人と接することが好きで得意。作業に優先順位をつけることが苦手なのですが、「これを先にやるといいよ」とスタッフさんが優しく教えてくださり、安心して働けています。現在の週20時間から少しずつ勤務時間を長くしていき、ゆくゆくはスタッフとして接客に携わりたいです。
夢畑(ゆめばたけ)

9ヵ所約13,000平方メートルの農園で、有機農法により年間約100種の野菜や花を育てています。収穫した野菜は「畑deきっちん」や「ぶるー夢」に出荷するほか、道の駅やイベントで直売も。

体調が悪くて通所の回数が減ってしまったとき、スタッフさんに励まされ「ここが居場所なんだ」と思えるように。メンバーからスタッフになって責任も増え、やりがいを感じています。
ぶるー夢(ぶるーむ)

社会福祉法人草むらの施設「グリーンビレッジ」内にある、和菓子や弁当、加工品の製造販売所。地元の素材を使った「夢まんじゅう」は、八王子市のふるさと納税返礼品にもなるほどの評判。

材料の計量から洗い物までさまざまな作業がありますが、できることが少しずつ増えて入所後3年でメンバーからスタッフに。壁にぶつかることも“生きていること”こその喜びですね!
草夢(そうむ)

公園の清掃やハウスクリーニングを行なう事業所。気持ちのリフレッシュや達成感とともに、早起きの習慣づけや4~5人のチームでの共同作業による協調性の取得など、一般就労に向けた支援を行なっています。

畑deキッチンのメンバーからこちらのスタッフに。ファーストステップとして、作業をしながらメンバーさんをゆるやかに支えることができています。
パソコンサロン夢像(ゆめぞう)

初心者の学習、就労に向けたスキルアップ、工賃の発生する作業まで、メンバー個々のニーズに合わせて安心して通所できるパソコンサロン。交流の場として、デジタルゲームや写真などのクラブ活動も盛ん。

パソコン作業に加えて、人との語らいや日中の居場所として利用する面も大きいですね。将来はスタッフとして支援する側にまわりたいです。

障害者が安心できる“草むら”を作ることが活動の原点

障害者を雇用し、生活できるだけの賃金を払うためには事業の利益を上げることが不可欠です。1997年の設立当初から、ビジネスとして成立させる仕組みづくりを模索してきた多摩草むらの会。代表理事の風間美代子さんに、会の立ち上げから現在の活動に至るまでの経緯や思いについて聞きました。

代表理事・風間美代子さん

――多摩草むらの会はどのようにしてスタートしたのでしょうか。

「始まりは、精神障害者たちの家族同士で結成した『家族会』です。私も当事者家族の一人で、長男が大学浪人中に統合失調症を発症しました。精神障害者の家族は、友人や知人、親戚などにはなかなか悩みを打ち明けられません。相談したり気持ちを共有したりできるのは、同じ障害を持った子の親同士なんです。
彼らに生きる場所を作ってあげたい――親としての思いはみな同じ。『力の弱い野うさぎには、安心できる草むらが必要』という精神科医・中井久夫先生の言葉に共感し、私たちは家族会の名前を『草むらの会』にしました。うさぎが遠くの人参を取りに行くためには身を隠す草むらが必要であるように、障害者が自立を目指していく場合にも、同じような草むら=安心できる場所が必要だと考えたからです」

――その“草むら”が、レストランや公園清掃グループ、パソコン教室、農園などの就労事業、住まいであるグループホームや相談支援の窓口ということですね。

「そうですね。当初はこんなに事業が拡大するとは思っていませんでした。彼らのやりたいことや得意なことを聞いているうちに、増えていったのです。彼らの声から『プライドを持って働きたい』『親兄弟に迷惑をかけたくない』という思いを強く感じました。しかし、当時の精神障害者の就労といえば内職が中心で、相場は時給10円ほど。1カ月働いても1000円にもなりません。これで『夢を持って生きよう』というには無理がありますよね」

障害者雇用の可能性を広げるソーシャルファーム

――たしかに、障害者の就労環境は経済的に自立するにはほど遠いように思えます。

「だから、私たちの会では内職はやらないと決めて、当事者であるメンバーには最初から時給400円を支払っていました。当初は行政からの支援も受けておらず、福祉のことを何も知らない素人集団です。『一般企業と同じように売り上げを出す店を作るにはどうすれば?』『そこを彼らが生き生きと働ける場にもしたい!』そんな切実な思いとともに試行錯誤の日々でした。
2002年にレストラン事業の第1号となる寒天茶房『遊夢』をオープンしたのも、既存の店との差別化や、魅力的な商品・サービスを提供することが必要だと考えたからです。薬を飲み続ける彼らに少しでも身体によいものを食べてほしいという思いもありました。ありがたいことに多くの方々の協力に支えられ、寒天ブームも追い風となり、繁盛させることができました。
飲食店ではいろいろな業務が発生するので、メンバーさんが働く環境としてもよかったんです。1時間だけ来て掃除をしてもいいし、元気のない人は後ろを向いて皿洗いしてもいい。慣れてきたらフロアに出て接客をするなど、自主的に仕事内容を選び、それぞれのできる範囲で少しずつ段階を踏んでいくことができます」

――現在、12の事業所を展開されていますが、売り上げを出すための仕組み上の工夫はあるのですか。

「例えば『夢畑』で作った野菜を『畑deきっちん』に卸したり、パソコンサロン『夢像』でスタッフの名刺やレストランのメニュー、商品のラベルを作成したりするなど、事業間で効率よく仕事を回せていることも、ビジネスとして成立できるポイントの一つです」

採れたての野菜をレストランで提供
商品のラベルも自分たちで作成

誰もが働ける社会を実現するために

――2019年には「社会福祉法人草むら」を設立されました。今後はどのような取り組みを考えていますか。

「社福(社会福祉法人)を立ち上げることは長年の夢でした。税制面での優遇がある、信用度が上がって企業からの支援が受けやすくなるなど、これまで以上に事業の可能性が広がるからです。八王子市南大沢にオープンした新施設『グリーンビレッジ』では、農福連携、企業連携、地域連携の3つを柱に、ソーシャルインクルージョンを実現していくためのプラットホームづくりをしています。
今後は障害者に限定せずに、生活に困難を抱えている方々を広く受け入れて、それぞれが生きがいを感じながら働き、目標を見つけるお手伝いをしたい。支援する・されるの関係を超えて、共に働き、楽しみを共有し、支え合いながら歩んでいけるのが理想です。まだまだ課題も多いですが、20年以上活動する中で“福祉にマニュアルはない”ことを実感しています。これからも模索しながら続けていきたいと思います」

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