障害を独創性に。
重症心身障害児(者)と社会をつなぐアートの魅力
身体、知的両方に障害を抱える重症心身障害児(者)
重度の肢体不自由と知的障害が重複した状態を抱える重症心身障害児(者)。そのような障害をもつ人たちがいきいきとした日常生活を送るために、医療や看護、療育、機能訓練など、多分野からサポートを行なっているのが、重症心身障害児(者)施設です。
北海道小樽市・済生会小樽病院に併設する重症心身障害児(者)施設「みどりの里」では、2~92歳までの重症心身障害児・者の120人が施設で生活。呼吸器など常に医療的ケアを必要とする人から、自分の意思で動かせる身体の部分がわずかな人、言葉でのコミュニケーションがとれる人まで、入所者の障害の特徴はさまざまです。
2020年には、地域の中核病院である小樽病院の隣に移転・統合。病院と連携した専門的な医療ケアやリハビリテーション、福祉支援を一体的に受けられることが大きな強みです。
多様性が魅力となるアートの世界
障害者アートは、「アール・ブリュット」「エイブル・アート」「パラアート」など、さまざまな名称で呼ばれています。
例えば、アール・ブリュットは、専門的な美術教育を受けていない人が自由な発想で創るアート、エイブルアートは“可能性の芸術”という意味を持ちます。障害をもつ人が制作するアートという限定的な位置づけではなく、多様性を広く社会へ発信するための手段として世界でも注目されています。
社会生活では「障害」と捉えられることも、アートの世界では唯一無二の独創性。障害の垣根を超えて見る人の心を揺さぶり、作り手と鑑賞者の世界をつなぐツールになっているのです。
こういったアート活動を、一人ひとりの特性に合わせた「日中活動」やリハビリの一環として取り入れている障害者支援施設が多くあります。同施設もその一つ。
「入所者の皆さんが自分の力で取り組む機会を増やせること、また、作品を完成させることでリハビリの成果が分かりやすく目にみえることもアート制作の利点です」とみどりの里・総務課の上野孝嗣さんは話します。
アート制作では、入所者一人ひとりがそれぞれ好きなことや得意なことを活かしています。クレヨンを使うのが好きな人、ちぎり絵で表現するのが得意な人、障害の特性で手を握りがちな人は、手を開く訓練も兼ねて、手形を動物や花などに見立てる手形アートにチャレンジしています。
両手を自由に動かすことのできる人でも、指先の細かな力の調節は難しい人がほとんど。
「例えば、タイルアート制作では、ボンドを塗ったタイルを台紙に貼る際に力が強すぎるとボンドが滑ってタイルがずれてしまいます。“一枚のタイルを貼る”というだけの単純な作業のように見えますが、『次に貼るマスを見つける』『貼りたいところのマスと同じ色のタイルを1枚選ぶ』『ボンドを塗る』『貼りたいマスにタイルを置く』『適度な力で押し付ける』など、ーつーつの手順を意識的に行なってようやく一つの作品が完成します」(上野さん)
2017年からスタートしたタイルアート制作の時間は毎週月曜日。入所者8人と職員4人が協力しながら、一つの作品を作ります。これまでに施設内の各部屋の名前が記されたプレートを28作品、ヒマワリなどの季節の作品やアンパンマンなどのキャラクター作品も19作品を制作。なじみのあるキャラクター作品は特に人気で、入所者のみなさんから「次はこれを作ってみたい」という声が多数上がるのだとか。作品を飾る際も、我先にと車いすを走らせる意欲的な姿が見られるそうです。
アートで芽生えた「仲間意識」
日頃から上肢活動や制作活動を熱心に行なっている利用者さんを中心に集まった週に1度のクラフトサークルでは、所属するメンバー全員が力を合わせて大作に挑戦。最新作はひもで吊した魚がゆらゆらと泳ぐ「水族館」。段ボールを水槽に見立て、色を塗ったり、中に入れる海の生き物を作ったり、それぞれが役割分担して創作をする中で、仲間意識が芽生えるのだそう。
クラフトサークルでは、通常2人組のペアとなって活動します。初めは利用者間の交流がうまくできず参加が拒否しがちだった入所者さんが、そのペアの人となら積極的に活動に参加するようになったり、ペア同士で挨拶を促し合ったり、お互いに手を伸ばして紙をちぎる作業を協力し合う姿も見られるのだといいます。
「一緒に生活をする入所者さんに自分の作品を見てほしいと考えている方や職員に見てほしいというモチベーションで作品制作に励んでいる方もたくさんいます。アート活動を通じて、自分の意思で動かれる方が増えたと感じています」と上野さん。
完成した作品からは、入所者さんの達成感と『私のがんばりをたくさんの人に見てもらいたい』という熱意が伝わってくるのだそうです。
上野さんは、アート活動に力を注いでいた利用者さんのこんなエピソードを話してくれました。
「タイルアートの最初の作品が完成した時、施設の中を歩き回りながらどこに飾りたいかをみんなで話し合いました。ある入所者さんが、『ここに飾れば、外来の子どもたちにも見てもらえるんじゃないかな』と言い、入所者さんも外来のお子さんたちも通る廊下に飾ることになったのです。しかし、その方は二つめの作品制作に取り組んでいる途中で病状が悪化し、亡くなってしまいました。二作品目が完成し、廊下に飾っていたある時、外来のお子さんが作品に興味深く眺めているところを見かけました。その子は「これはどうやって作ったの?」「ぼくにも作れそう!」とわくわくした表情で話してくれ、作品を通じてその男の子と入所者さんがつながった瞬間だと感じました」
アートを通して伝わる、つながる!
本人の可能性や才能を引き出した作品たちは、施設の外の社会とつながるコミュニケーションの手段にもなっています。同施設では、近隣にある大型商業施設ウイングベイ内の済生会ビレッジで、2021年の3月と10月、2022年6月と3回にわたって入所者さんの作品を展示。
作品を鑑賞した一般市民の方々からは、「みどりの里がどんな施設なのか分かった」、「自分自身も障害を持っている。作品を見て励まされた」との感想が寄せられました。
言葉や表情でコミュニケーションを取ることが難しくても、アートを通じて自分の気持ちを伝えたい――そんな思いが感じられる作品は、展示会やイベントなど、さまざまな場所で見られる機会が増えてきました。彼らの思いがカタチになった作品を鑑賞することで生まれる、“心のコミュニケーション”を体験してみてはいかがでしょうか。