山間地域に住む高齢者を地域のみんなで支えたい!
2022.11.18

人生を映す鏡のような支援を。
過疎・高齢化の山間地域のケアマネの仕事

山口 居宅介護サービス複合施設にほ苑
Let’s SINC
少子高齢化が進む山間地域で、高齢者と家族が生活し続けられるようサポートする

山間地域でのケアマネジャーの役割って?

居宅介護サービス複合施設にほ苑がある山口県山口市仁保地区は、山々に囲まれた自然豊かな中山間地域です。

地区の中央を流れる仁保川の両岸にはのどかな田園風景が広がり、稲作のほか、ブドウや桃などの果物栽培も盛ん。農業を生業としている世帯が多く、土間を残した昔ながらの家屋も少なくありません。

“助け合い”や“見守り”など、昔ながらの「ご近所づきあい」も残っています。地域の高齢者が集まる場所で食事をしたり、話に花を咲かせたり……一緒に楽しい時間を過ごす様子や、「昔から顔見知りだから」と高齢者宅の住まいの修繕や片付けを地域の人が手伝うといった姿も、この仁保地区ではよく見られる風景です。

しかし、高齢化率が43.78%と、全国平均の28.9%よりも14ポイント以上高く、少子高齢化が深刻な地域課題です。

「高齢者を支える存在であった地域住民の高齢化が進むと、これまでできていた地域での助け合いが難しくなります。また、地区内の医療機関は内科・精神科が一カ所ずつあるのみで、地区外の病院へは車が必須。往診も病院からの距離が遠いために利用できないケースもあります」と 話すのは、仁保地区でケアマネジャー(介護支援専門員)として働く吉本祐子さん。

「長年仁保地区で生活を送ってきた高齢者にとって、地域住民同士で支え合ってきた歴史や絆は大切なものです。だからこそ、住み慣れた仁保でずっと暮らしたいという思いが人一倍強いと感じます。そういった本人と家族の思いを汲み取ることが私たちの仕事です」(吉本さん)

ケアマネジャー(介護支援専門員)とは、介護が必要になった人と介護サービスをつなぐ専門職。高齢化・過疎化が進むこの仁保地区で、要介護認定を受けた人、また、その家族の希望する生活の実現に「何が必要か」を一緒に考えていきます。

※居宅介護サービス複合施設…ケアマネジャーの所属する居宅介護支援事業所のほか、通所介護、訪問看護、訪問介護など在宅サービスを備えた施設

にほ苑居宅支援事業所でケアマネジャーとして働く吉本祐子さん

ケアマネ吉本さんの一日

ケアマネジャー吉本さんの仕事は、要介護認定を受けた利用者さんと家族のための居宅サービス計画(ケアプラン)を作成し、利用できる各種サービスを検討しながら、地域で安心して暮らし続けられるようサポートすること。
利用者さんの自宅を訪ね、作成したケアプランが利用者さんの生活に合っているかの確認(モニタリング)や、各事業所との連絡調整、必要に応じて受診同行なども行ないます。

ケアマネ吉本さんの1日のスケジュール
  • 8:30

    出勤

  • 8:35

    朝礼

  • 9:00

    ケアプランや提供票の作成

  • 10:00

    新規訪問や各事業所との連絡調整、受診同行など

  • 12:00

    昼食

  • 13:00

    モニタリング

  • 14:00

    サービス担当者会議

  • 16:30

    記録の作成

  • 17:15

    退勤

吉本さんが日々大切にしているのは、利用者さんたちとの何気ない会話。話題に上がるのは、稲刈りの話や農作物の話、行きつけの美容院やスーパーの話、最近の外出の話など。自宅に畑を持っている利用者さんが多いこともあり、農作物の話題で盛り上がるそう。

「私が『最近、畑の方はどうですか?』と尋ねると、『山が近いから、イノシシやらサルやらがすぐ降りてきて、できたものは全部食べられるから大変。最近は大根を植えてね……』などお話をしてくださいます」(吉本さん)

農作業や外出の話題を出すことで、最近どれくらいの頻度で外出ができているか、歩行の状態はどうか、家族の健康状態や近隣との関係、生活状況なども把握することができるのだと話します。

車で利用者さん宅へ訪問。「訪問の途中で突然サルに出くわすことも。仁保地区ならではです(笑)」と吉本さん

「自分を素直に見つめ続けるケアマネになりたい!」

仁保地区に住む高齢者の特徴として、独居や高齢夫婦世帯が多くみられることも挙げられます。
「高齢者と子や孫が同居している世帯は少なく、高齢者(要介護者)の緊急時に、家族がすぐに駆け付けることができずにケアマネジャーにて対応することもあります」と吉本さん。

「ケアマネの仕事では、利用者さんの歴史や生活の中で今まで大切にしてきたもの、家族の思いを、こちらも大切にしてケアに活かすことが重要だと日々の関わりのなかで感じています」(吉本さん)

そう感じるきっかけとなったのが、新型コロナウイルスが感染拡大する中、「家に帰りたい」という強い希望で入院先から自宅に帰ってきた、がん末期のOさん。

「私は、Oさんの妹さんが同席した初回面談時から『Oさんに必要なサービスは何だろう』と頭がいっぱいでした。その思いとは裏腹に、3回ほど面談の中で、Oさんや妹さんからは意向を聞き取れませんでした」(吉本さん)

5日ほど妹さんと自宅で過ごした後にOさんは再入院し、数日後に逝去。「何もできなかった」という気持ちを抱えたまま支援は終了しました。Oさんの訃報を受けた際に「実は、コロナ禍での看取りに強い不安があった。短い間でも『最期に家で仏様を拝みたい』という本人の希望を叶えられてよかった」と涙ながらに思いを打ち明けてくれ、初めて妹さんの思いを知ったといいます。

「妹さんの話を聞いて、本人・ご家族が心の内に抱える大きな不安や悲しみ、願いを想像しきれていなかったと反省しました。今思うと、初回面談の時より妹さんはかなり疲弊していて、Oさんの病状や身体の状態についてまで考えることが難しい様子でした。Oさんが病院へ戻れば、コロナによる厳しい面会制限により再び会えなくなる、一時的にOさんの希望を叶えることはできたとしてもOさんの最期を自宅で看取ることは自分にはできないという不安や葛藤があったのではないかと思います」(吉本さん)

Oさんと妹さんとのかかわりを経て、利用者さんや家族のそばにいることしかできなくても、ケアマネとして、その人の思い出や歴史を映し出す鏡のような役割を果たそう――そして、限りある時間の過ごし方を、本人・家族が納得した形で進められるような支援をしようと改めて思ったと吉本さんは話します。

現在のサービス内容に不安はないか、食事はしっかり摂れているかなど、利用者さんとの何気ない会話から思いを汲み取る

新しい世代が仁保地区を支えていく

仁保地区では、今も高齢化・過疎化が進んでいます。この現状に対して、にほ苑では、地域づくりを通して高齢者を支えていく取り組みを始めています。

それは、地元小中学生を対象にした、認知症サポーター養成講座やふくしの寺子屋授業。
認知症サポーター養成講座ではにほ苑・居宅支援事業所のケアマネジャーが、認知症の高齢者とその家族の日常を人形劇などで披露し、認知症の方との関わりのポイントを分かりやすく地域の子どもたちへ伝えています。寺子屋授業は、子どもたちに福祉の仕事に興味をもってもらえるよう、にほ苑で実際に介護士や相談員として働く職員が、仕事の面白さ、やりがいについて話をする場となっています。

「取り組みを通じて、地元の子どもたちにも高齢者への理解を深めてもらい、地域に住む誰もが気軽に高齢者に声をかけることができる環境づくりを目指しています。福祉のやりがいや楽しさを実際に聞くことで、次の世代に『自分も仁保地域で高齢者のために働きたい』と思ってもらえたらうれしい」と吉本さんは話します。

寺子屋授業では福祉を考えるうえでも重要な命について考える時間も。
「生きている」ことを体感してもらうために脈のとり方をレクチャーする
介護士や社会福祉士がゲストスピーカーとして、福祉の仕事のやりがいや楽しさなどを伝える授業。
講演後、福祉の専門職に向けた質問を一緒に考えるグループワークを行なった

最後に吉本さんにケアマネとして仁保地区をどんな地域にしていきたいか尋ねると、「地域のみんなで高齢者を見守り、高齢者自身も輝ける地域」と答えてくれました。

世代や立場関係なく、お互いを認め合うことができる地域、仁保の温かい風土を大切にしながら、世代を超えてさまざまな人が助け合える地域をつくりたい――「人生を映す鏡のような支援」をモットーに、ケアマネとして、仁保地区を愛する地域の一員として、吉本さんは今日も仁保に住む高齢者の自宅を訪ねています。

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