2022.11.29

NAKANOTEI COFFEE 西山
障害ではなく「その人らしさ」を。
誰もが自分らしく働くことを発信する“病院の中のコーヒースタンド”を訪ねて
京都済生会病院×一般社団法人暮らしランプ

2022年6月、京都済生会病院の新築移転に伴って院内にオープンしたコーヒースタンド「NAKANOTEI COFFEE 西山」。豆のピッキングから焙煎にこだわったハイクオリティなコーヒーが味わえるのが魅力で、開店以来、病院を訪れる患者さんや地元の人たちはもちろん、院内で働く医療従事者たちも集う人気スポットになっています。

運営を担当するのは、京都府下で障害者支援事業を行なう一般社団法人暮らしランプ。障害がある人にあった仕事を“つくる”という発想のもと、国登録有形文化財の古民家を活用したレストランやコーヒーロースターなどを運営するユニークな事業所です。担当者にお話を伺うと、「地域に開かれた存在でありたい」と願う両者の想いが見えてきました。

病院に用事がなくても立ち寄りたくなる
コーヒースタンドをつくろう

2022年6月、新築移転を終え新たな名称でスタートした「京都済生会病院」。城郭を思わせる外観は、病院がある長岡京市の名所「勝竜寺城」をイメージしたものなのだそうです。

この明るく開放的な雰囲気に満ちた病院1階のロビーの一角に「NAKANOTEI COFFEE 西山」はあります。木目調の店構えは、思わず「ここは本当に病院?」と目を疑うようなおしゃれで開かれた雰囲気。お店のそばにはコーヒーの美味しそうな香りが漂い、香りに誘われた患者さんがふらりと立ち寄る様子や、「診察の後、コーヒーと甘いもの、買って帰ろうか」と話す声も聞こえてきます。

スタンド内ではお揃いの藍染のバンダナに白いシャツを着たスタッフがハンドドリップでコーヒーを提供
状態の良い豆を選ぶ「ハンドピッキング」を焙煎前後に行なうことで、豆本来の味をストレートに楽しめる
本日のドリップコーヒーのほか、カフェラテや氷コーヒーオレ、ディカフェもラインナップ
京都らしいダシたっぷりのたまごサンドやツナとぬか漬けきゅうりのサンドなどの軽食やスイーツもある

その人にあう仕事ではなく
「やりたい仕事」にフォーカスする

注文を受けてから豆を挽き、一杯一杯丁寧に淹れたコーヒーやこだわりのフードを提供する「NAKANOTEI COFFEE 西山」ですが、実はこのスタンド、障害者総合支援法で定められている就労継続支援B型事業(障害者の就労を支援する事業)として運営されています。

真剣な眼差しでコーヒーを淹れているスタッフの山下聡さんも、肢体不自由や精神障害のある利用者さんのひとり。「NAKANOTEI COFFEE 西山」では、コーヒーのドリッピングを担当しています。

「病院のロビーという場所柄、『NAKANOTEI COFFEE 西山』には診療を終えた患者さんが多く訪れます。そんな時、ホッとひと息つきたいという人の心を癒やすのが私の役割だと思っています」と山下さんは話します。

“偶然が生まれる場所”
カフェ「3」から始まった

「NAKANOTEI COFFEE 西山」を運営する暮らしランプは、障害のありなしにかかわらず、 「みんなが暮らすまちの中に、ほんの少し明るい、ほっとする出来事を生み出し重ねていく」ことをコンセプトに設立された一般社団法人。就労継続支援B型事業をはじめ、居宅介護や共同生活援助、生活介護など、さまざまな事業を展開しています。

設立のきっかけは、代表理事の森口誠さんが以前に働いていた社会福祉事業所の利用者さん2名と一緒に、週末だけのカフェ「3(さん)」を、京都府向日市にオープンさせたことでした。

「3」は、利用者さんがピッキングや焙煎をしたこだわりのコーヒーを提供するだけでなく、多肉植物などのグリーンが並ぶ5坪ほどの小さなお店。もちろん、店内に並ぶ植物の育成・管理も利用者さんが担当したものです。偶然、店先を通りかかった人が、雰囲気に惹かれ立ち寄ることもしばしば。そこには、「障害者の存在」を前面に出すのではなく、純粋に美味しいコーヒーを提供するお店をつくりたいという森口さんの思いがありました。

そんな「3」には、「カフェで働きたい」という障害がある人や後に暮らしランプのコアメンバーとなる人々が集うように。「何か新しいことをしたい!」というみんなの気持ちが高まり、2017年に「暮らしランプ」が誕生しました。

暮らしランプ代表理事 森口誠さん

森口さん:「暮らしランプ」は、2016年に私や他の小規模事業を行なう人間が集まって協議体をつくり、寄付を通じて食育活動や交流の場を提供するといった、地域に貢献する活動を展開していく取り組みの名称だったんです。新事業のコンセプトが「地域に目を向けた団体」だったのでぴったりだと思い、この名前を受け継ぎました。

暮らしランプでは「利用者さん自身」のやりたい仕事にフォーカスし、その人らしくいられるための環境づくりを行なっています。時には、その人の希望に合わせて仕事をつくるだけでなく、ないならば事業そのものを立ち上げる――その結果、おばんざいとお酒を出す店、コーヒーを売る屋台、ロースター、アトリエなど、8つもの事業を展開するまでになったのだそう。「これだけ事業が増えたのは、障害がある人だけでなく、“すべての人”が生きやすくなるための調整を続けた結果」と話す森口さん。

森口さん:利用者さん自身の希望をサポートするのが、私たち、福祉に携わる人間のミッションです。でも、できたての福祉事業所が新しいことにチャレンジせず、従来通りの福祉事業をしていったところで、その先に「暮らしランプ」としての存在意義があるのか、と。私はこの「暮らしランプ」を一人の人格のように捉えているんです。事業の枠にはめこまず、携わる一人ひとりのカラーや目的で広がっていく、そんな組織にしていきたいと考えました。

障害がある人たちが“頑張っている”
そんなイメージを覆したい

暮らしランプの想いが形になった場所のひとつに、京都と大阪を結ぶ旧西国街道に面した場所に立つ「おばんざいとお酒 なかの邸(以下、なかの邸)」があります。「障害がある人が夜間にも就労訓練を受けることができる飲食店」として、2019年にオープンしました。

暮らしランプ 事業長 小林明弘さん

運営を担当しているのは、食品会社での勤務を経て暮らしランプに参加した事業長の小林明弘さん。障害がある人が働ける場所の多くが日中に限られていることから、全国的にも珍しい夜間の訓練を取り入れました。

小林さん:福祉に携わるようになって驚いたのは、障害がある人が選べる仕事の幅があまりにも狭いことでした。そこで「なかの邸」では、それぞれの方の興味や性格、生活リズムなどを踏まえ、その人の希望に沿った多くの仕事の選択肢を提案することに力を注ぎました。

通常、飲食店では効率を求めてひとりの人間がさまざまな仕事を掛け持ちすることが多いですが、「なかの邸」では、それぞれが、少しずつ仕事を分担する「分業制」の形を取っています。また、利用者さんの性格や希望、生活リズムに合わせて店を運営しているため、どうしても多くのお客さんを受け入れることはできません。しかし、これが思いもせぬ成功につながりました。「予約の取れない店」という評判を呼び、地元を中心に人気を集める店になったのです。

「なかの邸」でも、向日市のカフェ「3」と同様、「障害がある人たちが頑張っているお店」という打ち出し方はしたくなかったと語る小林さん。料理の味やお店の雰囲気を楽しんでもらうことを第一にお店づくりを行なっています。

小林さん:きちんと選んだ食材を使い、手間暇をかけて“良いもの”を提供することで、お客さんに価値に見合ったお金をいただき、それが工賃に反映される、この循環が大切だと思っています。

店が入る屋敷は、江戸末期に建てられた国登録有形文化財の「中野邸住宅」。四季折々の美しい日本庭園を一望
おばんざいには、近郊の旬野菜やオリジナルブレンド出汁を使用。ランチでは「なかの邸御膳」を提供
店の軒先では、豆のピッキングを行なう利用者さんの姿。道行く人とあいさつしたりコーヒーをすすめたり。お店も人もまちに溶け込んでいる
「なかの邸」の取り組みの一つにある伝統産業と福祉が連携した「伝福連携」。竹垣職人の真下彰宏さんと地元高校生が協同製作したデザイン竹垣

「NAKANOTEI COFFEE 西山」
コーヒーの香りが出会いのきっかけ

こうした独自の事業を展開する暮らしランプに注目したのが、京都済生会病院企画広報室長の松岡志穂さん。その出会いは「偶然」だったと語ります。

京都済生会病院 企画広報室長 松岡志穂さん

松岡さん:私が京都済生会病院に着任して間もない頃、地元の方々にごあいさつをするために、長岡京市にある勝竜寺城資料室のリニューアルイベントに参加したんです。名刺交換も終わって、そろそろ帰ろうかなと思ったとき、コーヒーの良い香りに吸い寄せられました。それが暮らしランプさんのブースでした。

この頃、病院は新病院に入るカフェの誘致がまとまらず途方に暮れていました。元々、社会福祉士の資格を有していた松岡さん。母親が特別支援学校の教員を40年弱務めていたこと、娘さんも幼い頃に療育を受けていた自身の経験もあって、常日頃から障害者支援に対して高い関心があったそうです。

松岡さん:重度の知的・身体障害がある人たちにとって、地域で働くことにすごく高いハードルがある。母親の立場として、自分がいなくなった後の子どものことが心配で仕方がない気持ちもよくわかる。だからこそ新病院は地域に開かれた存在でありたいし、障害がある人の働ける場所でもあってほしい。「済生会が障害がある人の働く場を作らないでどうするんだ」という使命感に燃えていました。

暮らしランプの活動を知った松岡さんは、これまで進めていた大手コーヒーショップの誘致から「おしゃれで地元に愛されていて、かつソーシャルインクルージョンにもつながる場所」へと発想を転換し、新病院建設準備室に提案。新病院建設準備室と一緒に暮らしランプの魅力を院内でプレゼンし、賛同を得ることができました。

京都済生会病院からの突然の連絡に戸惑いを感じつつも、暮らしランプの森口さんは「やらない選択肢はなかった」と当時を振り返ります。

森口さん:病院って、治療を終えて退院される方もいれば、人生の終末を迎える人もいる場所。人の記憶に残りやすい場所だと思います。私の父も病院で最期を迎えたのですが、泊まり込みで看病していた母に出来合いのものしか差し入れできなかったことをずっと気に掛けていました。だからこそ「NAKANOTEI COFFEE 西山」で提供する商品は、手づくりで、子どもから年配の方まで安心して食べられるものにしたいと考えました。

松岡さん:何よりコーヒーが本当に美味しかったことに感動したんです。暮らしランプさんのことを調べれば調べる程、コンセプトに心の底から共感して……。これまで、私自身も「障害とは何か」「障害がある人の自立とは何か」をずっと考えていました。暮らしランプさんと一緒にコーヒースタンドをつくることで、理想とした「開かれた病院」が形になるのではないかと閃いたんです。

小林さん:暮らしランプの利用者さんのなかには、京都済生会病院に通院している方もいます。普段は診療の場面でお世話になっていますが、スタンドでは、医療従事者の方々に一杯のコーヒーを手渡すことができる。そんなふうにコーヒーをきっかけに助けたり、助けられたりする場面が生まれています。

コーヒーは、人と人をつなぐ
コミュニケーションツール

取材でお話を伺った利用者の山下さんも、社会復帰に向けて前向きに取り組んでいるひとり。就労の意思はあったものの、体調面や年齢などが理由でなかなか上手くいかない日々が続きました。そんな時、社会福祉協議会から紹介を受けて訪れたのが「なかの邸」でした。

「NAKANOTEI COFFEE 西山」で働く山下聡さん

もともと喫茶店で働いていた経験もある山下さん。看護助手としての勤務を経て、再び「なかの邸」に戻った山下さんに、スタッフは新しくオープンする京都済生会病院の中で、コーヒーを淹れる仕事を提案しました。

山下さん:うちのコーヒーは、障害のある人が心を込めて丁寧に焙煎やピッキングを行なっています。そこには、サポートしてくれるスタッフの真心や思いも入っている、いわば「結晶体」のようなもの。だから私も責任を持って一杯一杯丁寧に淹れます。この場所でお客さんにコーヒーを淹れることは、社会への「お返し」をしているようなものなんです。

「コーヒーは私にとってのコミュニケーションツール」と語る山下さん。自分が淹れたコーヒーを喜んでもらえるか不安だからこそ、お客さんの「美味しい」という一言に「心が打ち解け合えたような気持ちになれる」といいます。

商品価値を高め、障害者が未来を描ける
ロールモデルをつくる

一方で、就労継続支援にはさまざまな課題もあります。たとえば、利用者さんとの雇用契約を結ぶ就労継続支援A型事業では、活動が収益につながりにくく、全体の約7割の事業所が「経営改善が必要」と指摘されています。また、B型事業は利用者さんの障害特性や利用ニーズが多様化している実態があり、工賃向上に結びつきづらいという問題もあります。森口さんは「本当に工賃向上だけを目指すのが正しいのか」と考えます。

森口さん:「障害者だから配慮が必要」と思っている人も多いと思いますが、それは障害の有無に関わらず、誰にでも必要。だからこそ暮らしランプでは、「その人の性格に向き合うこと」を大切にしています。その人自身が社会のなかで生きがいを感じながら過ごせる場所をつくりたいんです。「NAKANOTEI COFFEE 西山」は就労継続支援B型事業所ですが、工賃アップばかりに目を向けるのではなく、コーヒーの美味しさでお客さんに来てもらい、自立して運営できるようにしていきたい。そのためには、常に高品質のものを提供し続けることが必要です。

小林さんは、自らの経験から、福祉業界が全般的に内向きである現状についてこう語ります。

小林さん:私は一般企業を経て福祉の世界に飛び込みました。福祉業界全体を見回してみると外部との関係性を深めようとしているところは少ない。高品質のものを提供し続けるためには異業種との関わりが絶対に必要です。「NAKANOTEI COFFEE 西山」も、福祉の枠の中だけで動いていただけでは絶対になし得なかったと思います。このコーヒースタンドができたことで、障害がある人が自分の未来を思い描けるようになれば、支援者としてこんなにうれしいことはありません。

コーヒースタンドを
ソーシャルインクルージョンの発信基地に

最後に、「NAKANOTEI COFFEE 西山」の今後の展望について伺いました。

森口さん:重度障害のある方は外食を楽しむことがなかなか難しい現状があります。済生会さんとの連携を深めて、重度障害のある人でも外食を楽しめる「ユニバーサルレストラン」のプロトタイプをつくってみたい。もちろん時間が必要ですが、「NAKANOTEI COFFEE 西山」や「なかの邸」にはその可能性があります。病院と飲食がつながりを深めることで、障害の有無に関係なく、外食を楽しめる社会づくりに貢献したいですね。

松岡さん:京都済生会病院を病気になってから訪れる場所ではなく、コーヒー一杯から気軽に立ち寄れる場所にするのが、私のミッションです。おしゃれなカフェがあると聞いて訪れた人が、実はそのカフェには障害がある人が働いていることを知り、障害の有無なんてコーヒーの美味しさには関係ないよね、って思ってもらえれば本当にうれしい。一杯のコーヒーがソーシャルインクルージョンにつながっていく。「NAKANOTEI COFFEE 西山」がそんな場所になればと願っています。

すべての人々を地域の一員として受け入れ、共に支え合うソーシャルインクルージョンを推進する済生会と、その人の性格や希望に沿って仕事ができる場をつくる暮らしランプ。両者には、共に「すべての人が孤立せずに生きていける地域をつくりたい」という共通した想いがあります。

両者の想いが形になった「NAKANOTEI COFFEE 西山」からは、丁寧に淹れたコーヒーの香りとともに、障害があるスタッフがいきいきと働く姿やコーヒーを手渡すことで生まれる人と人とのふれあいなど、さまざまな情報が発信されています。コーヒースタンドを横切るだけでも、何だか心がホッとする、やわらかな空気を感じることができます。

こうしたひとつの「メディア」のようなコーヒースタンドがまちの中に浸透していくことが、ソーシャルインクルージョンな社会の実現にもつながるのではないでしょうか。

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