高齢者の在宅生活は“自立”がカギ
2025年、第一次ベビーブームで生まれたいわゆる「団塊の世代」が後期高齢者となり、日本は超高齢社会を迎えます。高齢者が住み慣れた場所で最期まで自分らしく暮らすために重要なのが、日常生活における“自立度”。自宅へ訪問介護員(ヘルパー)が訪問し、入浴や食事介助などの身体介護、家事や買い物の手伝いといった生活援助をしながら高齢者の自立をサポートする「訪問介護」は、今後ますますニーズが高まると予測されています。
大阪・京都へ通勤する人たちのベッドタウンとして発展した滋賀県栗東市。少子高齢化が進むなか、2020年の高齢化率は約19%と、全国平均(28%)に比べると低い状態ですが、その一方で地域格差が大きく、独居高齢者や高齢夫婦世帯は増加、地域のつながりの希薄化が課題となっています。
多様なケースに応える訪問介護は「連携」が不可欠
栗東市にある特養淡海荘は、長期・短期入所事業や通所のほか、さまざまな介護ニーズに応える、小規模多機能型※1、定期巡回随時対応型訪問介護・看護事業※2などのサービスを、栗東市・草津市・守山市の三市にまたがって提供する地域の中核施設です。
訪問介護の部門では、訪問介護センター「なでしこ」(栗東市)と「なでしこ草津」(草津市)の二つの事業所を運営。多職種での連携を通じたフォロー体制や地域の医療機関との密な連携が大きな強みです。
訪問介護では、持病などにより体調の変化が想定されるケースや、一日に頻繁な支援が必要なケース、独居や認知症の安否確認を含むケースといった、多種多様な対応を求められます。そのため、人員配置などの問題で一つの事業所では対応が難しいことも少なくありません。そこで、同施設では、「なでしこ」と「なでしこ草津」が、相互に支援を行なう体制を構築。二つの訪問介護事業所が、淡海荘の介護ソフトを使いオンタイムで情報共有を行なうことで、スムーズかつ質の高い支援につなげています。
「より充実した訪問介護サービスを提供するために医療との連携も重要」と話すのは、淡海荘で荘長を務める安井明子さん。同荘では、済生会滋賀県病院、済生会守山市民病院、地域の在宅医などとも連携しながら、定期巡回・随時対応型訪問介護看護サービスにも対応しています。
「利用者さんの健康管理や体調変化時のアセスメントだけでなく、緊急時のオペレーションを『訪問看護』が担い、医療と介護かどちらが対応するかの判断や、体調変化時に速やかに自宅へ訪問できる体制を確立しました。特に滋賀県病院は一つのグループだからこそ、病院の情報提供や調整がスピーディーにできるため、ターミナル期(終末期)や重度の疾患を抱える利用者さんへも安定したサポートができています」(安井さん)
※1 小規模多機能型介護サービス:可能な限り自立した日常生活を送ることができるよう、施設への通いを中心に短期宿泊や自宅訪問を組み合わせ、家庭的な環境の下で日常生活上の支援や機能訓練を行なう。
※2 定期巡回随時対応型訪問介護・看護:日中・夜間を通じて、定期的に自宅への巡回と随時の対応を行なうサービス。1つの事業所で介護と看護を併せて提供する「一体型」と、訪問介護の事業者が地域の訪問看護と連携する「連携型」がある。
訪問介護員(ヘルパー)ってどんなしごと?
訪問介護センターなでしこ草津の訪問介護員(ヘルパー)として働く山田さゆりさん、竹内勝美さん、芝原圭織さん。
「訪問介護では、日常生活の中のさまざまなサポートを行ないますが、いずれも目指しているのは、利用者さんの自立です。『一緒にやってみよう、できることは自分でやってみよう』がモットー。得意なことを見つけて、利用者さんの意欲を引き出し、チャレンジするきっかけをつくるように意識しています」と山田さんは話します。
山田さんと同じく同センターでヘルパーとして働く芝原圭織さんが大切にしているのは「声かけ」。安心を与える言葉(大丈夫ですよ)、自信につながる言葉(すごいです)、励ましの言葉(この前よりもできていますよ)といった声がけを、その方の性格や体調などに合わせて、話すトーンやペースを変え、毎日行ないます。
竹内さんは、訪問介護の利用者Aさんが何度自宅に訪れてもなかなか心を開いてくれず、頭を抱えていました。そんなある日、Aさんの自宅を訪問した際に体調を崩されている場面に遭遇したのだといいます。
「その時、Aさんが『(ヘルパーの存在が)こんなに心強く思えるとは考えてもいなかった』とお話ししてくださったことが、今でも印象に残っています。どんな時も利用者さんに寄り添う気持ちや声かけを忘れず、頼ってもらえる距離に居続けることが利用者さんの安心感につながっていると感じた出来事でした」(竹内さん)
介護へのうしろめたさを取り除く
訪問介護の現場で日々支援を行なうなかで、山田さんが感じている課題があります。それは、訪問介護のサービスの目的が世の中にまだ十分に浸透していないこと。
「介護保険制度が整った今でも、“家族の介護は家族の仕事”というような刷り込みが根強いと感じます。利用者さん一人ひとりに支援を通じて、訪問介護に対する理解を深めてもらうことが必要です」(山田さん)
同居世帯の減少、共働き世帯の増加など、家族の形態が変わってきたことによって、「自分の親のことなのに、家族で面倒を見られない」といったジレンマを抱える人も多くいるといいます。利用する本人ももちろん例外ではありません。
「サービスを開始したはじめのうちは、『人の世話にならなくてはいけなくなった』『他人に世話をしてもらうのは嫌』という抵抗感を示す人もいます。でも、支援を継続していくうちに『ヘルパーさんから元気をもらえる。人と話すことが楽しみになった』という言葉をたくさんいただきます。訪問介護サービスは、自分らしい生活を取り戻すためのサービスであるということを、もっといろんな人に知っていただきたいです」(山田さん)
訪問介護は、日常生活のなかで「できなくなったこと」に対してヘルパーが介助するのではなく、利用する本人が「自分でできる」ことを増やすための福祉サービスです。そのうえで、淡海荘のように地域の医療や看護と密に連携し、個人の生活形態や状況に応じて一体的にサービスを提供することが、同地域の高齢者やその家族の大きな安心感となっています。
「自分でどうにかしなくては」といった“孤立”につながる考え方を手放し、地域全体で高齢者とその家族の暮らしを支えていくために欠かせないピースになっていくのではないでしょうか。