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埼玉福興 株式会社

2026.6.3

“農業”と“福祉”がつながり、誰もが「できる」を活かして働き暮らせる場所
地域を頼り、地域から頼られる、ソーシャルファーム「埼玉福興」を訪ねる。

障害や高齢、ひきこもり、刑務所を出所した人など、さまざまな事情から就労に困難を抱える人たちがいます。その解決策として注目されるのが「ソーシャルファーム(Social firm)」。福祉施設ではなく、就労困難者を積極的に受け入れながら、ビジネスとして自立した経営を行なう企業を指します。
今回は、埼玉県熊谷市で「農業」と「福祉」を掛け合わせ、この仕組みを2003年から実践してきた「埼玉福興」を訪ね、誰もが自分の「できる」を生かし、誇りを持って働ける社会の実現に向けたヒントを探ります。

施設を案内してくれた新井利昌さん。立ち上げ時から埼玉福興株式会社の代表を務める

「埼玉福興」は、10ヘクタール、東京ドーム約2.1個分に及ぶ広大な農地面積を誇る農業法人でありながら、県内外で5つの障害者向けグループホームを運営する福祉の事業も行なっています。農業と福祉を掛け合わせた「農福連携」にいち早く取り組み、就労に困難を抱える多様な人々が働くソーシャルファームの最前線です。

肥沃な熊谷の農地で育つ、埼玉福興の作物たち

埼玉福興の活動は多岐にわたります。まず主軸となっているのが「ネギの苗」の栽培です。500坪のビニールハウスでは徹底した温度管理のもと、ネギの苗をオーダーメイドで育てています。地元企業の株式会社モリタネと協働し、農家からの細かい仕様(1枚の苗箱に何粒の種を植えるかなど)に沿って、発芽から葉が鉛筆ほどの太さになるまで苗を育て、地域にある約300軒の農家へ販売しています。

ここで栽培されたネギの苗は熊谷・深谷地域はもちろん、群馬県南部にも出荷される

また、2006年から開始した水耕栽培では、葉物野菜を年に17回、延べ約20トンを収穫しています。これらは障害者が生産行程に携わった食品等の農林規格である「ノウフクJAS」を100%取得しており、提携するレストラン等へ、年間を通して安定的に出荷されています。

ルッコラ、スイスチャード、水菜、サラダほうれん草などを栽培。特にルッコラは、熊谷の水と相性が良く、評判が高いという

さらに、東急不動産株式会社と協力して進める「ソーラーシェアリング」事業にも要注目です。ソーラーシェアリングとは、農業用地の上に支柱を立て、その上に太陽光パネルを設置することで、農業と発電を同時に行なう取り組みで、耕作放棄地の活用や強すぎる日差しから農作物と人を守る観点などで世界中での導入が検討されています。

埼玉福興のソーラーシェアリングの広さは4ヘクタールに及びます。同じ野菜を同じ場所で続けて栽培することで、土壌の成分バランスが崩れたり病害虫が増殖したりして、育ちが悪くなる「連作障害」で、ネギが育てられなくなった農地を活用し、地上から4m上部にソーラーパネルを設置。上では太陽光発電、下では埼玉福興が小麦を育てることで農地復活を目指しています。

夏の猛暑で知られる熊谷だが、パネルによって程よく遮光されることで、地球にも農作業をする人にも優しい農業が可能になるという
その他にも、オリーブ・食用バラ・ブルーベリーの栽培や、地域の小学生とともに学校給食用の米を育てる田んぼ、藍染工房など、多種多様な生産が行なわれている

福祉施設としての埼玉福興のあゆみ

埼玉福興が行なう事業は大きく分けて4つ。「障害者向けグループホーム」「就労継続支援B型事業所」「生活介護の多機能型事業所」そして「ソーシャルファーム」です。

その歴史は1993年、“支援困難ケース”を受け入れる「生活寮(障害者入所施設)」を新井さんの父・道夫さんが自宅の一部を使って始めたことに遡ります。支援困難ケースとは、さまざまな事情で、受けられるはずの支援を拒絶してしまったり、支援者に暴力や暴言を吐いてしまったりと、障害者施設で受け入れが難しい事例のこと。「行き場をなくした人が最後にすがれる場所を作らなければ」という道夫さんの強い思いが埼玉福興の始まりでした。

息子・利昌さんも当初から運営に参加。生活寮の運営に当たる上で、入居者の生活リズムを整えたり、生きがいを感じてもらうための「仕事」の大切さを実感し、1993年からそれまで家業としていた縫製業や、ボールペンの組み立てなどいわゆる「下請け」作業を受注するようになりました。

就労継続支援事業所で一般的な「製品の組み立て」などの二次産業の下請けをしていた当時は、急に仕事を打ち切られることもあり、安定した仕事の確保に限界を感じていたという新井さん

大きな転機が訪れたのは2004年。当時、生活寮で受注していた下請けの仕事が急に途絶えてしまうという危機に見舞われました。しかし、新井さんはこれを機に以前から注目していた「農業」への参入を決断します。

折しも世間は大手ファストフードのカップサラダが話題になるなど、健康的な食生活ブーム。「食糧という一生なくならない需要があれば、安定した雇用の場を生み出せる。さらに青空の下で作物を育てることは、入居者のリフレッシュや精神的安定にもつながるのではないか」と考えたのです。

まずは、10mのビニールハウスでの小規模栽培からスタート。その後、使われていなかった牛舎と1500坪の畑を借りてじゃがいもや玉ねぎの栽培も始め、徐々に規模を拡大していきました。しかし、最初は苦労の連続で、現在のように安定して出荷できるようになるまでには約10年かかったといいます。もがきながらも「いいものをつくろう」「就労に困難を抱える方も共に働いていこう」と思いを貫いたことが、事業を拡大させる原動力となりました。

農業は、新井さんの想定以上に、入居者の心身の状態に良い影響を与えていき、施設からの失踪や大きなケンカといった、当時寮が抱えていた深刻なケースは次第になくなっていきました。手応えを感じた新井さんは、断続的に受注していた下請けの仕事も辞め、農業へ一本化。2009年からは、それまであくまで入居者向けであったこの取り組みを、「就労継続支援B型事業」として登録し、生活寮への入居の有無に関わらず、障害のある人も事業に参加できるよう体制を整えました。

また、2016年からは「生活寮」に加えて「障害者向けグループホーム事業」を開始。受け入れ人数の増加に伴い、2019年、2023年には、新たに2施設を開所しました。

さらに、グループホーム利用者の高齢化に伴う生活介護の需要に応えるため、2019年には「生活介護の多機能型事業所」を併設。こういった経緯を経て、持病や障害、犯罪歴などあらゆる理由で、就労が困難な人々の働く場・生活の場を整え、ソーシャルファームとしての農場運営を本格化させていったのです。

一般企業への就職のための訓練が主な目的である「就労継続支援B型事業所」として働く場を提供している性質上、作業に習熟した利用者は企業へ就職し、巣立っていくという「嬉しい悲鳴」も

ソーシャルファームを運営していくにつれて、新井さんはじめ埼玉福興のスタッフたちは、“地域への貢献”や“地域との関わり”についても、大切さを理解していきました。「担い手不足や連作障害による耕作放棄地」「ネギの苗を安定して大量栽培できる農家の不在」「子どもたちが農業を体験することのできる場所の不足」など、実際に農場運営をしてみなければ知ることができない、地域の課題が次々と見えてきたといいます。

福祉施設が地域で活動する時には、漠然とした不安や誤解などから、しばしば住民からの反対(NIMBY問題)が起こることがありますが、埼玉福興の場合は、「地域のできないことを自分たちが引き受け、自分たちができないことを地域にお願いする」という方針のもと、地域のニーズにしっかりと対応した事業を展開。今では地域で困り事があると、新井さんに直接相談がくることもあるといいます。

できないことは補いあう。
埼玉福興が掲げるソーシャルファームとは

現在、農園では一般的な就労に困難を抱えるスタッフ3人、グループホームの利用者30人(就労継続支援B型)を始めとして、老若男女、計50人ほどが共に働いています。

新井さんは、自らが目指すソーシャルファームの在り方について語ってくれました。

新井さん

私たちは、福祉事業者として、スタッフが日常生活を営む上で必要なサポートを行なうことに加えて、各々が自分の手で価値を生み出し、社会から必要とされる実感を得ること、「生きがい」を大切にしています。福祉制度の枠にとらわれず、この地域が得意とする農業というフィールドで、スタッフ全員で協力して、よりよい生活環境・職場環境を整えていければと思っています。

その上で重要になるのが、埼玉福興のスタッフができないことは地域の住民、企業、農家にお願いするという徹底した分業体制です。例えばネギの苗の生産ラインでは、種まきなどの精密作業は提携する株式会社モリタネの機械を導入し、水やりや消毒など高度な技術が求められる栽培作業は埼玉福興に所属する農業経験豊富なスタッフなどが担当。障害のあるスタッフらは、完成した「苗箱」をビニールハウスへ運搬したり、出荷時にトラックへ積み込んだりする作業を担います。

繁忙期には1日におよそ800枚の苗箱を運搬することも

新井さん

障害のあるスタッフには自分ができる部分はやってもらい、難しい作業は地域の企業や農家に率先して協力を仰ぐ。そうすると、スタッフは自分のできる仕事に没頭し、その働きに誇りを持てるようになります。『よりいいものを作る』という同じ目標に向かって、多様な人たちが協力する仕組みが自然と生まれるのです。働いている一人ひとりが独立して目的を持って作業する。そのゴールが同じであれば、どんな作物の生産でも自然とチームとして機能していきます。

工数が比較的シンプルな水耕栽培は、一つの決められた仕事を進めていくことが得意な傾向にある知的障害のあるスタッフたちの就労には最適な農法。当時、埼玉福興で働く障害者の多くが知的障害であったこともあり始まった水耕栽培でしたが、最近では、精神障害や発達障害などの特性の違うスタッフも増えてきました。彼らは逆に同じ作業を続けることが難しいという特性があるため、彼らの特性にあわせて育てる作物が多様化。また、その過程で「できないこと」が発生すると、都度、地域の詳しい人に頼ることで生産を安定化させ、結果的に、協力パートナーが自然と増えていったといいます。

水耕栽培では、障害のあるスタッフが清掃作業を担当。写真は、作物を水に浮かせるための敷板を水洗いする様子

埼玉福興のスタッフが各々の強みを生かして働ける場所を作るために、生産する作物を増やしていく。無理なものは地域を頼る。その上で徹底してよいものを作り、それが地域の役にも立つ。これこそが埼玉福興が、前身の生活寮から数えて30年以上の間、地域に受け入れられ、また経営を続けてこられた所以です。

大根の種子を実から取り出し、大きさや形ごとに選別する作業を行なうスタッフたち

農業と福祉が交じり合い、
人も畑も豊かになる

農業と福祉が連携することで、互いにどのようなメリットがあるのでしょうか。

「福祉側にとっては、『ただ普通に農業をやるだけ』でいいことずくめなんです」と新井さんはいいます。農業生産は、作物ごとに生産フローが異なり、多様な作業にあふれています。だからこそ、障害のある利用者も「自分の得意な作業」を見つけることができます。さらに、太陽の下で汗を流して働くことで規則正しい生活を築くことができます。

朝起きてグループホームから農場まで2キロ歩き、しっかり働いて夜はぐっすり眠る。その規則正しい生活リズムの構築が、何よりの支援となっているという

一方、地域の農業にとっても、メリットはさまざま。埼玉福興の苗作りや運搬などの作業を通して、熊谷地域周辺における高品質で安定したネギの生産を下支えしたり、ソーラーシェアリング事業のように、連作障害を抱える耕作放棄地を再利用することで、地域の農地保全にも貢献したりしています。

こうした長年の活動を通じて、埼玉福興は地域から必要とされる存在となりました。その感謝の声は、スタッフの日々のモチベーションにもつながっています。農業と福祉が地域のさまざまな場面で交じり合い、互いに良い影響を与え合う。その好循環が、有数の農業生産地である熊谷に住む人々と、そこで育つ作物を、これからも豊かにしていくのです。

この活動を広めるために

今後の展望について、新井さんは「ツーリズム」と「東京との結びつき」を掲げています。2025年11月にオープンした「ファームカフェ」は、平日は休憩場所としての利用、土曜日はイベントスペースとして貸し出し、日曜日は自社で生産した野菜などを提供するカフェとして営業するなど、ソーシャルファームの認知の拡大に努めています。

元々牛舎だった建物を改装。吊るされているドライフラワーは、地域に自生する花や木、草花を使って埼玉福興で働くケアガーデナーによって作成されている

また、埼玉福興は済生会とも連携し、済生会中央病院(東京都港区)で開催されたマルシェへの出店などを行なっています。「中央病院は東京タワーのすぐそばにある、いわば東京の中心地です。そういった場所を訪れる人たちとソーシャルファームとの接点が作れること、都市と農村が共に農福連携に関われるチャンスができたことに大きな意義を感じている」と、新井さんは語ります。

新井さん

埼玉福興には、都会で自分らしい居場所・職場を見つけられなかった就労困難者が多く働いています。彼らの手を借りて築いてきたこの農園の作物が、今度は大都会・東京へ出荷され、間接的にこの活動に関わってもらえる。そして、巡り巡って、東急不動産との共同事業のように、一緒に活動できる人や企業が増えることが理想です。私たちの事業は、私たちだけでは決して完結しません。取り組みの意義を理解して協力してくれるパートナーや消費者、地域の方々とのつながりを持って活動していくこと。それこそが、真の意味での『ソーシャルファーム』の姿だと考えています。

今回訪れた埼玉福興をはじめ、全国にも徐々に広がりつつある「ソーシャルファーム」。福祉とビジネスの垣根を超えたこうした取り組みは、新しい時代のスタンダードになっていくはずです。熊谷の地で育まれたこの共創の輪は、これからも多様な事情を抱える人々を巻き込みながら大きく広がっていくことでしょう。

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