生前を知る訪問看護師だからこそ遺族に寄り添える
2024.01.23

訪問看護ステーションから遺族の心に届く「グリーフケア」を

Let’s SINC
残された家族に寄り添い、死別の悲しみを乗り越える過程を支える

グリーフケアを知っていますか?

人は死別や喪失を経験すると、悲しみや寂しさを感じ、時にとても大きなストレスを受けます。怒り、自責感といった精神的な反応や、睡眠障害などの身体的な反応が見られ、日常生活に支障をきたすことも。特に、親族や友人など身近な人を亡くした場合には、長い間苦しみを感じ続けることも少なくありません。

そうした状況にある人に寄り添い、喪失から回復までのプロセス、心の動きを理解しながら、傾聴や寄り添いなどで支援するのがグリーフケア。グリーフ(grief)は一般的に「悲嘆」と訳される言葉です。グリーフケアは、病院や介護施設などでは、入院患者や利用者の家族に対して、また、緩和ケア病棟やホスピスなどでは、日常的に死に直面する医療従事者のためにも行なわれます。

1994年に開所された「滋賀県済生会訪問看護ステーション」は済生会滋賀県病院と連携する訪問看護ステーションで、 訪問看護ステーション3カ所、サテライト事務所2カ所、看護小規模多機能型居宅介護事業所1カ所を擁しています。 医療や介護が必要な状態になっても安心して住み慣れた場所で過ごせるよう、地域の医療機関やケアマネジャーなどとも連携しながら、訪問看護サービスを提供しています。

この場所で2002年にはじまったのが、訪問看護の利用者が自宅や病院で亡くなった後に行なう遺族ケア。遺族の会は、Peace Of Mind(心を癒す)、Pink Of Mind(心のなでしこ)の頭文字をとって「ぽむ(POM)の会」と命名し、遺族の悲しみや寂しさに寄り添い、悲嘆のプロセスを乗り越えていく手助けをしています。

訪問看護師だからこそできる「グリーフケア」

遺族ケアの活動は、訪問看護師による遺族訪問、遺族へのグリーフカードの送付、そして遺族会の三本柱で行なわれています。

遺族訪問は、四十九日の頃に行ないます。遺族に連絡し、訪問看護師が近況を伺う中で悲嘆の状況を推察し、支援が必要と思われる場合には自宅を訪問します。故人の人柄について話したり闘病を振り返ったり、してあげたかったことや今抱えている喪失感を吐き出してもらったりと、さまざまな会話を交わします。生前の家族を知る訪問看護師だからこそ、遺族の心情に寄り添うことができるとグリーフケア委員会の委員長を務める髙阪弘美さんは話します。

「残されたご家族と時間をともにすることで、ご遺族の悲しみの軽減につながればという願いがあります。また、お彼岸とお盆の時期には、受け持ちの看護師からのメッセージを添えたグリーフカードを送付しています。『亡くなった方を懐かしく振り返り、エールを送る』という思いで一枚一枚作成しています」(髙坂さん)

受け持ち看護師からのメッセージを添えたグリーフカード。遺族からお返事が届くこともある

遺族訪問時に渡す「ぽむの会」の案内

ぽむの会を運営するグリーフケア委員会のメンバー。写真中央(下)が看護係長の髙阪弘美さん

「ぽむの会だから話せた」

遺族訪問やグリーフカード送付の際に添えているのが遺族会「ぽむの会」の案内。

「いつまでも心の傷が癒えない」「寂しさを乗り越えられない自分を責めてしまう」「こんな辛さを他の人はどうしているのだろう?」という思いを抱えている遺族が、会に参加するきっかけになっています。

遺族会は訪問看護ステーションの会議室で年4回開催しています。初回は「何を話したら……」と戸惑われる方もいますが日々の過ごし方について質問をしたり、互いの辛さや寂しさの乗り越え方を称賛し合ったりしながら次第に打ち解けていきます。

同じ悲しみを持つ者同士で心が通じるのか「近所の人や兄弟にも話せなかったけど、ここでは話せた」という参加者も。涙あり笑いありで、故人の思い出の品を紹介し合う会に発展することもあります。利用者の遺族なら誰でも参加でき、継続して毎回参加される方、1~2回で終了する方などそれぞれですが、「ご遺族の心のどこかに、この会の存在をとどめてもらえていると感じます」と前委員長の深江さんは話します。

「ぽむの会の開始時から参加し見守ってくださっているのが、私達の大先輩である済生会病院看護部OGの佐藤敦子さんと、京都の蹴上にある安養寺住職の村上純一さん。佐藤さん自身も大切な方との死別経験をお持ちで、専門職でもあり、遺族でもあるという立場から、慣れない参加者の話を引き出してくださいます。村上さんも参加者の話を親身になって聞き、『残された方のお気持ちが一番大切なのですよ』と暖かい声をかけられ、仏教のお話をしてくださることも。お二人と時間をともにしたみなさんの帰り際の表情は明るく、緊張が解け、少し背筋が伸びたようにも見えます。私がこの会をしていてよかったと心から感じる瞬間です」(髙阪さん)

お互いの声に耳を傾け合う――「ある日のぽむの会」

参加者は、それぞれに亡くなった家族への思いを抱えています。
お互いに死別を経験し、今も悲しみや寂しさの中にいるとわかっているからこそ、自分の気持ちを気兼ねなく話せ、同じような立場の人に質問をすることもできます。会には「参加にあたってのお願い」というルールがあり、安心して話せる環境をつくっています。

では、どのような方が参加し、語り合っているのでしょう。ある日のポムの会での内容をご紹介します。

ぽむの会に参加する方へのお願い

ある日のぽむの会

Aさん

2年7ヶ月の闘病生活の末、6年前に妻を亡くし、7回忌を終えたばかり。

Bさん

1年前に妻を亡くし、まだまだ気持ちの整理ができていない状態。2回目の参加。

Cさん

1年前に夫を亡くし、同居する子どもや孫に励まされながら生活している。

Bさん 私は今、一人暮らしですが、友達はいて、仕事に行くと今までの日常があります。ただ、こういうことを話せる場はないので、気持ちを吐き出しに来ました。

Aさん 僕は今 95 歳ですが、妻が私の心の中に生きている間は元気でいられます。C さんは、ご主人とお仕事も一緒だったのですか?

Cさん はい、いつも一緒にいるのが当たり前でした。「もっとこうしてあげれば良かった」「ああしてあげれば良かった」と後悔が残り、今でも仏壇の前で涙が出てきます。

Aさん 実は僕自身にもがんが見つかりましたが手術は断りました。ご主人はおいくつでしたか?

Cさん 60代でした。「なぜ俺ががんなんだ」と言って男泣きしていました。主人の涙を見たのはあのときだけです。

Bさん 今も写真は見られませんが、先日夢を見ました。泣きながら目が覚めたんですが、一歩前進できたのかなと思います。

Cさん わたしは、余命を知ったときに本人に伝えていたら、もっと何か出来たかもしれないと葛藤があります。今でも仏壇に、「最期までだましてごめんね」と……。B さんのところはどうでしたか。

Bさん 私は母が病気になったときには余命が言えずに後悔をしていました。なので、妻のときは一緒に余命を聞き、二人で治療をはじめました。その決断をして良かったと思っています。

遺族の話を受け、済生会OGの佐藤さんと住職の村上さんからは、ご自身の経験に基づく考えや、仏教の教えなどのお話があります。お互いに傾聴しながら、心に寄り添った言葉を交わし合う遺族会になっています。

それぞれの自己紹介、亡くなった方の紹介から始める。「今だから」と話してくれる家族の思いは看護師にとって貴重なもの。右下写真は髙坂さんと進行役でもあるOGの佐藤さん(左)、住職の村上さん(中央)

訪問看護の利用後も家族支援は続く

遺族訪問や遺族会の後には、遺族の思いを訪問看護ステーションの中で共有し、行なったケアを振り返ります。今課題として上がっているのは、遺族が高齢のケースが多く、遺族会に参加したくてもできない場合のサポートです。ステーションへの移動手段がない場合は送迎を実施していますが、申し訳なさを感じてしまう遺族も多いと髙坂さん。どうすれば誰もが参加したい時に気軽に参加できるかを検討しています。

「グリーフケアを通して職員も利用者さんとの別れに直面し、ご遺族とともに悲しみを乗り越える過程を経験します。だからこそ気持ちを理解し、寄り添うことができます。今後は、当訪問看護ステーション利用者の遺族以外も参加できるよう対象を広げる計画もしています。 1 回だけの参加でも、毎回の参加でも、辛くなったときに思い出していただくだけでも、同じ境遇の人と時間をともにすることで少しの時間でも癒やされていただけるよう、お力になりたいと思っています」(統括所長 安井明子さん)

訪問看護では、利用者が亡くなった後も家族支援という形で看護が続きます。滋賀県済生会訪問看護ステーションでは、これからも、質の高い看護の模索と並行して、心に届くグリーフケアの提供を続けていきます。