診療所のない地域に医療で安心を提供したい
2024.02.28

離島で暮らす人々の健康を守る日本唯一の診療船「済生丸」

瀬戸内海巡回診療船「済生丸」(岡山・広島・香川・愛媛県済生会)
Let’s SINC
済生丸での診療を通じて、島民の健康に対する不安を取り除き、病気予防の意識向上も促す

へき地や離島に住む人たちの医療を確保する

近くに医療機関がないことから、容易に医療を受けることが難しい「無医地区」。厚生労働省の調査によると、2022年時点での無医地区数は557地区(人口12万2,206人)。前回調査(2019年)と比較すると、地区数が33区(人口4,645人)と減少しているものの、交通機関の廃止・減便や高齢医師による閉院などの理由で無医地区に転じるケースもあります。

このような問題を解決するために、 1956年から厚生労働省では、へき地保健医療計画を始め、医療体制の整備に力を注いでいます。「へき地医療」とは、無医地区に医療を提供することで、巡回診療や医師・代診医の派遣などを実施しています。

60年以上島民に医療を提供する「済生丸」

1962年の就航から60年以上にわたり、岡山県、広島県、香川県、愛媛県の瀬戸内海島しょ部の人々に医療機会を提供し続けている日本唯一の診療船「済生丸」。岡山済生会総合病院の大和人士元院長の「無医島の人々に医療の光を」という熱い想いで始まり、現在も済生会病院の医師や看護師、理学療法士、管理栄養士、医療ソーシャルワーカー(MSW)などの専門職が乗船し、62カ所の島々を巡っています。

地域医療研修としての役割

愛媛県済生会が毎年5月・7月にかけて実施する「宇和海合同診療」もその一つ。2023年度の第二次診療は7月4~6日の3日間にわたり行なわれ、松山病院今治病院西条病院の3病院から34人が参加しました。愛媛県の南西部・宇和海に浮かぶ日振島(ひぶりじま)、竹ヶ島、戸島、嘉島に暮らす島民を対象に健康診断を実施しました。

検診団は、内科・小児科・整形外科・眼科の医師(研修医含む)、看護師、薬剤師、検査技師、放射線技師、管理栄養士、事務員で構成。なかには、今回はじめて済生丸に乗船するスタッフや入職してから日の浅いスタッフもいます。「より多くの職員に合同診療を経験してほしいと思っているので、 担当する科や職種の人数を3病院で割り振り、基本的にベテラン職員と新人を組み合わせるようにしています。現場を訪れるからこそわかることもある」と、今回7月の合同診療の幹事病院を務めた済生会松山病院の宮岡弘明院長は話します。

済生会松山病院の宮岡弘明院長

長年の活動を通じて「予防」の意識が島民に定着

早朝6時に宇和島港を出港した済生丸は、約1時半かけて約250人が住む日振島へ

宇和海合同診療の初日。健診会場となる島の公民館には、診療開始時間の前から続々と島民が集まってきます。

受診を終えた人からは「済生丸が来てくれてありがたい」「診療がなくなると不安になると思う」「毎年自治会から回ってくる案内を確認して必ず受診している」「また来てください」といった声が。長年の活動で培われた信頼関係の強さが垣間見えます。

島民の多くは島外にかかりつけ医を持っていますが、アクセスのしにくさから通院の機会は限られてきます。すぐに医療にかかれないという面からも病気の予防に対する島民の意識は高く、済生丸での定期的な診療は島民の生活に必要不可欠です。

公民館では整形外科検診、小児科検診、心電図、栄養指導などを実施

済生丸の船内では眼科検診とレントゲン撮影(宇和島市委託の結核・肺がん検診)を実施

若手医療スタッフの研修・教育の場にもつながる合同診療

第二次合同診療には、全国の済生会から4人の研修医が参加しました。富山県済生会高岡病院の高柳幹さんは「済生丸があるから済生会に入職した」と意欲的に取り組んでいます。

また、心電図検査を担当した松山病院研修医の乙井天希さんは、学生時代に臨床実習で同合同診療に参加した経験があったそう。今回は医師として初めての参加でした。「受診者が多いので、症状を見落とさないようにしないといけない」と乙井さん。

研修医の高柳幹さん(左)、奥本美里さん(左奥)、乙井天希さん(右)、岡本祥果さん(右奥)

「特に5月の第一次合同診療は受診者が多く、研修医1人当たり30人ほどを診療することになるので鍛えられますし、喜んでくれる島民とのふれあいも『頼りにされている』という医師としての経験になります」と同院の村上英広副院長は語ります。 市中の病院での医療と離島での医療の違いを肌で感じ、地域医療について考える合同診療は、人材育成の貴重な機会になっています。

松山病院の村上英広副院長

人口減少時代に求められる済生丸の役割

少子高齢化の流れを受け、人口減少が続く宇和海諸島。地域のニーズや行政の要望に沿って診療内容の調整を重ねていますが、受診者数の減少や経費面を踏まえると宇和海合同診療の継続は、済生丸の巡回診療事業全体の大きな課題となっています。解決策としては、済生丸の診療事業の実施方法の効率化、介護・福祉分野と連携したサービスをはじめ、地域医療を学ぶ研修の場の提供など、済生丸の役割を強化・多様化していくことが挙げられます。

その一つとして、例えば、災害救助船としての役割も。1995年に発生した阪神・淡路大震災では災害救援活動を行ないました。地震で陸路が遮断され、陸の孤島となった神戸に救援物資と診療班を届けるため、厚生省(現:厚生労働省)の要請のもと、済生丸は発災2日後の1月19日早朝に神戸新港に入港。岡山―神戸間で人とモノを運び続けました。さらに、陸路が復旧すると現地スタッフの宿泊所として港に停泊し、現地の診療活動を支えました。

巡回診療によって離島の人々の健康を守る済生丸。受診者数や経費などのクリアすべき課題はありますが、現場に携わる職員たちからは、今後も事業を継続していきたいという強い思いが感じられます。ソーシャルインクルージョンの理念のもと、誰もが平等に医療を受けられる環境づくり、離島やへき地に住む人たちの健康と安心を守り続けます。

今後も災害時には、済生丸に搭載する診療機器を使った診療の実施や、救援活動用宿泊施設としての利用、診療班の輸送など、済生丸の特徴を踏まえた運用が想定される

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