2024.3.28

命も暮らしもいっしょに守る。
医療的ケア児の生活を医療と福祉の地域連携で支える ①
山口県済生会豊浦病院/社会福祉法人じねんじょ

人工呼吸器での呼吸管理やたんの吸引、経管での栄養補給など、日常的に医療ケアが必要な「医療的ケア児」。新生児医療技術の向上に伴い、出生時に重い病気や障害があっても救える命が増えた一方で、家庭以外の場所で医療的ケア児を支える受け皿が地域に足りていないことが課題となっています。“医療”と“福祉”をつなぐ地域の連携で、医療的ケア児とその保護者を支える山口県下関市の取り組みを取材しました。

24時間ケアが必要な子どもたち

令和3年の厚生労働省の調べでは、日本にいる医療的ケア児は約2万人。その数は14年間で約2倍に増加しています。重度の身体障害と知的障害を抱える重症心身障害児や、身体にのみ障害を抱えている場合、会話や歩行ができる場合など、障害によって必要な医療ケアが異なること、さらに医療と福祉サービスをつなぐしくみや地域の受け皿が少ないことから、家族にかかる負担の大きさが課題となっています。

ミトコンドリア病のあすかさん(16歳)の場合

出生時にミトコンドリア病と診断された16歳のあすか(仮名)さん。病状の悪化とともに2年前に肝移植が必要となり、移植後の現在は自宅でほぼ寝たきりの生活を送っています。手術後から体の痛みで夜は眠れず、1~2時間置きのトイレ介助、体位変換。毎日必ず投与しなければならないたくさんの薬の管理もあり、常に気を張っている状態が続いていたと母親のあやこ(仮名)さんは話します。

お母さん:いつ、どんな状態になるかわからないので、家では常に「ON」の状態。夜もゆっくりとは眠れませんでした。そんな時、私の主治医の先生から『あなたのように持病があって、家族の看病や介護がある人は“先”のことを考えて生活した方がいいですよ』と言われました。よくよく聞いてみると、『ショートステイやレスパイトケアという方法がある。誰かに頼って自身の体を休ませることが長い目で見て、ご本人やご家族のためになると思います』とおっしゃったんです。

その言葉を聞き、薬の投与や体調管理も含め、夜もあすかさんが安心して過ごせる場所を探したあやこさん。以前からあすかさんの福祉サービス利用のことで関わりのあった相談支援専門員(社会福祉法人じねんじょ)から診療やレスパイトケアなどを行なっている済生会豊浦病院を紹介されました。

お母さん:豊浦病院に初めて娘がお世話になった時は、子どもの日常生活や障害の特性を理解した上で受け入れてもらえるか不安がありました。でも、小児科の先生が入院時に検査や診察をしてくれて、その時の娘の体の様子をしっかりと診てくれました。夜間も看護師さんがそばで見てくれているという安心感がありました。

病院のベッドサイドにはお気に入りの毛布とうさぎのぬいぐるみ、抱き枕。あすかさんが家と同じ雰囲気でリラックスして過ごせるようにお母さんの荷物はいつもいっぱい
お母さんから病院へ共有したあすかさんの医療ケアをまとめた資料の一部

医療と福祉をもっとシームレスに

家族は、夫とあやこさん、あすかさんの2つ年上のお姉さんの4人。あすかさんの日々のケアは家族3人で協力して行なっています。現在は、あすかさんの体調管理に合わせてレスパイトケアを利用し、お姉さんとの時間がとれるようになったとあやこさん。利用したその日は、お姉さんの大学受験の共通テスト当日。その日だけはお姉さんと向き合う時間にしたいとこの日程に決めたと話します。

お母さん:この期間が終わったら、いつも『また頑張ろう』って思います。戻ってくる前の日は、『また同じ生活ができるだろうか、頑張れるだろうか』って弱気になることも、正直なところあります。でも娘が帰ってきたら『やっぱりまた頑張ろう』って必ず思うんです。

通所サービスなども利用しながら、今は週3回支援学校にも通っているあすかさん。子育てする中で地域がもっとこうなればいいなと思うことを尋ねてみました。

お母さん:たとえば今よりもっと福祉事業所と病院と学校が垣根なくつながって、夜間のみ病院で体調管理を行なうといった柔軟なサービスの使い方ができると、さらに多くのお母さんお父さんが子育てしやすくなるのではと感じています。

地域一体で、家族が“抱え込まない”ための支援を

医療的ケア児とその家族の声を受け、令和3年に施行された「医療的ケア児支援法」。地域に住む医療的ケア児への支援が、各行政や教育機関の「責務」となり、医療や福祉、教育機関などをつなぐ「医療的ケア児支援センター」を各都道府県に設置することなどが定められました。

「医療的ケア児の支援には、医療・福祉・教育の地域連携が特に重要」と話すのは、山口県西部の医療的ケア児支援センターを受託する「社会福祉法人じねんじょ 」(下関市)の理事長・金原洋治さん。同地域には、県内の医療的ケア児190名のうち140名ほどが居住しています。

障害児の保護者を支援するデイケアの事業所からスタートしたじねんじょ。重症心身障害児・者の地域の拠点でありたいという思いから、2003年からは社会福祉法人にとして独自に重症心身障害者地域支援センターの看板を掲げ、生活介護、通所サービス、放課後等デイサービス、相談支援事業所など多様なサービスを展開し、地域の医療機関と密接に連携しながら同地域で暮らす障害児・者とその家族への支援に長年力を注いできました。

金原先生:医療的ケア児が地域で安心してくらしていくためには、通院、訪問診療、訪問リハビリ、居宅介護(ヘルパー)、日中一時や短期入所といったレスパイト支援、園や学校での医療的ケアなど、多岐にわたるサービスが必要です。なかでも保護者のニーズが高いのが、 常に医療ケアが必要な子どもが夜間も安心して過ごせる場所(宿泊を伴うレスパイトケア)。それには、看護師さんが夜も必ず常駐している「病院」という場所が適していると感じます。しかし、そういった場所が地域の中に全く足りていないのが現状です。

じねんじょ理事長、かねはら小児科院長の金原洋治さん

“家族が見るのがあたりまえ”――保護者たちと接する中でこれまで金原さんが見続けてきたのは、親が抱える「子どもを預けることへの罪悪感」。 そういった罪悪感を少しでも薄めるために、医療ケアが必要な子どもが安心して過ごせる受け皿を地域の中にもっと増やしていかなければならないと語ります。具体策の一つとして2015年から始まったのが、済生会豊浦病院など、地域の医療機関との連携でした。

金原先生: コロナ禍でも唯一、子どもたちの受け入れを続けてくれたのが豊浦病院さん。いざというときに地域の中に安心して過ごせる場所があるというだけで、保護者の方はとても安心されます。「セーフティネット」のような役割をしていただいていると思います。

小寺さん:保護者の方から、医療的な体調管理も含め、子どもが夜間も安心して過ごせる場所の相談を受けると、まず金原先生に健康状態を確認し、豊浦病院の窓口となるPFM(地域医療支援)センターに連絡をします。そのうえで、相談支援事業所じねんじょから通所サービス利用時の様子などをまとめたレポートを提供しています。言葉で自分の意思をうまく伝えられない子どもたちと接する中で私たちが習得したコミュニケーション方法や日常生活の細かな記録です。誰もがわかりやすく文書化して共有することで、病院はもちろん子どもたちが安心して過ごすことができる一助になっています。それが保護者の方の安心感にもつながっています。

じねんじょの管理者で相談支援専門員・医療的ケア児支援コーディネーターの小寺美帆さん

医療・福祉・教育など、多分野のサービスを“つなぎ合わせる”役割を担うのが、「医療的ケア児支援コーディネーター」。2018年から全国的に養成がスタートし、じねんじょでも県の委託を受けて毎年20名定員でコーディネーターを養成しています。

小寺さん:医療的ケア児は、その子どもの障害特性や家の環境などによって必要な支援が異なります。総合的な相談窓口となり、ワンストップで適切なサービスにつないでいくのが、私たちコーディネーターの役割です。

「夜間、休日、短時間といったニーズに対応していくために、地域の資源を見つけ出し、最大限に生かすための“ネットワーク”をつくっていくことが私たちの使命」と金原先生と小寺さん。
次回は済生会豊浦病院を訪ね、医療機関が行なう地域の医療的ケア児と保護者への支援の現場をレポートします。

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