命も暮らしもいっしょに守る。
医療的ケア児の生活を医療と福祉の地域連携で支える ②
山口県済生会豊浦病院/社会福祉法人じねんじょ
人工呼吸器での呼吸管理やたんの吸引、経管での栄養補給など、日常的に医療ケアが必要な「医療的ケア児」。新生児医療技術の向上により、出生時に重い病気や障害があっても救える命が増えた一方で、家庭以外の場所で医療的ケア児を支える受け皿が地域に足りていないことが課題となっています。“医療”と“福祉”の地域連携で、医療的ケア児とその保護者を支える山口県下関市の取り組みを取材しました。
医療的ケア児と家族へ“病院”ができること
山口県下関市の済生会豊浦病院。前身の国立病院時代から隣接する総合支援学校と連携し、慢性疾患を抱える障害児の治療や生活面のケアを担ってきました。現在も山口県西部の医療的ケア児支援センター(社会福祉法人じねんじょ)をはじめ、地域の福祉機関や小児科などと協働し、医療的ケア児の治療や健康管理、レスパイトケアの受け入れなども行なっています。
個別性の高い看護が必要な「医療的ケア児」
手術後で体調の変化が予測されるケースや厳重な服薬管理があるケース、歩行は可能なものの呼吸器管理が必要なケースなど、個別性が高い看護が必要な医療的ケア児。医療的ケア児を受け入れるにあたっては健康や状態の把握はもちろん、どんなケアが必要か、それに合わせた人員配置や環境整備、医療材料の取り寄せなど、さまざまな事前準備が不可欠、と病棟看護師長の山本真依子さんは話します。
山本師長:初回受け入れ前の情報収集は非常に大切な業務で一番時間をかけます。保護者の方には必ず一度来院いただき、関係する多職種との顔合わせ、細かいヒアリングを行ないます。自宅でのケアを病院でも実践できるように、事前に看護師がご自宅を訪問する「入院前訪問」も実施しています。
入院前訪問は、家族がどんなケアをしているか、どんな暮らしをしているのかを確認できる“貴重な場”と山本さん。ベッドへの移乗の仕方、薬の飲ませ方、口腔ケアの方法、排泄のケアまで、日常の細かなケアを実際に目の前で家族に実演してもらい、写真を撮りながら記録を取っていきます。
面談や事前訪問で得た情報はサポートブックにまとめ、院内で統一したケアができるように医師、看護師、PT、保育士、MSWなどで共有。「自宅と同様に、子どもたちにも保護者にも安心して過ごしてもらうためにすべて必要な工程」と山本さんは語ります。
コミュニケーションが信頼につながる
一人ひとりの情報が集積したサポートブックは、保護者と病院をつなぐ役割も。多いものだと20ページ以上にも及び、保護者とも共有をしながら子どもの成長に合わせて随時更新していきます。退院後もコミュニケーションを積み重ねていくことが信頼関係につながる、と保護者との窓口を担当する小児科外来の玉里和美看護師は言います。
玉里看護師:退院後も何か気になるところはあるか、もっとこうしてほしいという希望はないか、必ず再度ヒアリングを行ないます。「入院時の荷物が重いんだけど、どうしたらいい?」とか些細なことでもいいんです。“相談できる”関係を築いておくことが、保護者の方にも、お子様にも安心して過ごせる支援につながると考えています。
医療的ケアが必要な子どもたちが豊浦病院で安心して過ごせる支援の流れ
豊浦病院・PFM(地域医療)センターや小児科外来、小児科病棟に医療的ケア児の受け入れ相談が入る
PFMセンター日野さん(MSW):地域の小児科や福祉事業所からのご相談を受け、院内につなぐのが私の役目です。これまでは山口県西部の医療的ケア児支援センターでもある社会福祉法人じねんじょからのご紹介が主でしたが、当院での取り組みが保護者の方の口コミや他の福祉事業所の専門相談員さんの間で伝わり、多くのご依頼をいただくようになりました。
判断
PFMセンターや小児科外来、小児科医で話し合い、受け入れが可能かどうかを協議
かかりつけ医からの診療情報提供書や福祉事業所での日中の情報をまとめた資料など、地域の関係機関からの情報をもとに、受け入れ時の課題を洗い出す
保護者との顔合わせ。病棟見学後に2時間程度の面談や事前訪問を実施
山本さん(看護師長):必要な場合は、看護師とMSWで事前訪問を行ないます。その子に合ったケアの仕方やコツを熟知しているのは、やはり日頃からお世話をしているご家族。“動いて自己抜去する可能性があるから、ロンパースにテープを貼りながら……”など、独自の方法を実際に伝えてもらうことでカルテだけでは想像がつかなかったたくさんのことがわかります。居宅介護や訪問看護などの他の訪問サービスの利用時に合わせて実施し、地域の事業所との横の連携を深めるきっかけにもなっています。
事前訪問
入院当日は入院前に小児科医が診察。入院時の体調を知るために採血や導尿などで検査を行なう
山本さん(看護師長):看護師が常に寄り添うことが難しい場面もあります。子どもたちにとって重要な“遊び”“学び”“コミュニケーション”の面でのサポートができる保育士やヘルパーの存在が必要です。現在、当院で取り入れているのが下関市重度障害者入院時コミュニケーション支援事業。医療機関と福祉機関がつながり、医療的ケア児のコミュニケーションをサポートする事業で、今回もあすかちゃんと日頃から仲良しのヘルパーさんが付き添いをしてくれました。普段からコミュニケーションをとっている人がそばにいるだけで、安心して過ごすことができています。
持続可能な支援体制を地域の中につくる
院内外の密な連携と一人ひとりに合わせたケア――しかし、病院のキャパシティとマンパワーの問題から、新規での受け入れ支援が難しく、歯がゆい思いをしているとPFMセンターの日野さん(MSW)は語ります。
PFMセンター日野さん(MSW):医療ケアも含めて、お子様を安心して預けられる場所のニーズが高まっているのを感じます。地域の窓口として、今私が課題と感じているのは、医療的ケア児の保護者の方の「高齢化」。この地域は高齢化率40%以上と高齢化が進んでいます。そうなると、子どものケアが家族だけでは難しくなる時がやってきます。子どもたちを地域全体で支えていくしくみを着実につくっていかなくてはならないと感じています。
気軽に使える「訪問看護」との連携を
医療をはじめとした医療的ケア児とその家族を地域で支えていくための方法の一つが、“看護の力”ではないかと語るのは、看護部長の岩本なお子さん。
岩本さん:高齢化が進み、在宅ケアの推進を支えるにあたって、病院の看護師と訪問看護師、ヘルパー、ケアマネジャーなどの連携はこれまで以上に大切になってきます。今まで培ってきた在宅ケアのネットワークや、蓄積してきた看護のノウハウを「医療的ケア児」のさまざまなニーズに役立てていきたい。医療と在宅ケア、福祉を看護師が“キーパーソン”となってつないでいくことで、医療的ケア児への支援においてのキャパシティやマンパワー不足にも光が見えてきます。
医療的ケア児とその家族を「取り残さない」
2021年は6件程度だった医療的ケア児の受け入れは、コロナ禍で地域医療がひっ迫し、2022年はその約7倍に。こんな有事の時こそ医療的ケア児と保護者を少しでも支えたいと、コロナ病床を持ち、感染対策に取り組みながらも職員が一丸となり支援を続けてきました。同院の中司謙二院長は小児科医で、前病院時代から33年間、地域の障害児、医療的ケア児の診療に従事してきました。
中司院長:当院は長年、地域の障害児や慢性疾患を抱える子や体が弱くて学校に通えない子の治療や長期療養の役割を果たしてきました。医療的ケア児とその家族を支えていくために「当院ができることをやる」という思いで自然に続けてきたというかたちです。最初は親御さんと離れて過ごすことに不安で涙するお子さんが、だんだん慣れて病棟でも笑顔が見られるようになってくる。そんないい笑顔が見られた時も大きなやりがいを感じます。
中司院長に、医療的ケア児とその家族への支援において一番大切なことを尋ねると「さらに地域の支援の輪を広げること」。地域の医療機関や福祉機関と連携を強化することで医療的ケア児や家族のニーズにもっと応えられる体制を築いていきたいと語ります。
医療的ケア児とその家族の暮らしを支えるには、医療と福祉、どちらの支援も欠かすことができません。子どもたちの“命”とともに暮らしや成長を長期にわたって支えていくために、医療・福祉がそれぞれの専門性を活かしながら密接につながり合い、補い合える体制づくりが鍵となるのではないでしょうか。
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