住民同士がお互いに助け合えるしくみをつくりたい
2023.03.28

「あなたのことを気にかけている」
“坂のまち”でのアウトリーチ支援が地域の助け合いを生む

広島 坂町地域包括支援センター
Let’s SINC
外出困難な住民に向けた積極的なアウトリーチ支援から、地域住民同士が支え合える土壌をつくっていく

悩みを抱える人のもとへ。坂のまちを走る車

広島県の南西部、波穏やかな瀬戸内海に面したまち坂町(さかちょう)。人口約1万3,000人のこのまちは、その名の通り急勾配の坂道や幅の狭い道が多い山間地域です。

このまちには、長くこの土地に住み、親族の結びつきが色濃い旧来エリアと、平成後期に沿岸部を埋め立てて開発した新興住宅エリアが混在します。旧来エリアには車で入ることができない場所も多く、高齢者や障害者の外出が困難なことが地域課題に挙げられています。

そんな坂のまちを走っていく一台の軽自動車。
普通車であればミラーが当たりそうな狭い道もするすると走り抜け、今日もさまざまな困りごとを抱える人の元に向かいます。

現在、センターではアウトリーチ支援用に5台の車を保有。そのうち1台は、センターの活動を県内外へ積極的に発信したことが生命保険協会の元に届き、2021年12月に同協会から寄贈された

専門分野の6人が多種多様な困りごとに応える

軽自動車でこんなふうに地域住民を訪ねる理由を、 坂町地域包括支援センター生活支援コーディネーター・木下健一さんは話します。

「住民のみなさんから『住み慣れていたはずの自宅周辺の坂道が年齢を重ねる度にきつくなった』という話をよく伺います。そんな声を受けて、住民の方々が地域で孤立しないよう、私たちがこの車で、支援の必要な人の元に積極的に出向く『アウトリーチ支援』に力を入れています」(木下さん)

坂町地域包括支援センターの生活支援コーディネーター・木下健一さん

軽自動車を走らせるのは、同センターの6人のスタッフたち。身寄りのない、保証が受けられない人などへの相談支援を専門とする社会福祉士、地域のケアマネジメント力を向上させるために、医療や福祉機関と行政などをつなぐ主任介護支援専門員、フレイル予防など、介護予防業務を主に担当する保健師・看護師、認知症を受け入れる「地域づくり」に取り組む認知症地域支援推進員――そして、多世代の住民が支え合う「しくみ」をつくる生活支援コーディネーターの木下さんが、支援が必要な人の元へ向かい、それぞれの立場からの情報提供や支援活動を行ないます。

働く全員が、さまざまな分野の専門知識をもつ“支援”のプロフェッショナル

制度の枠を超え、生活困窮、虐待、ゴミ屋敷問題にも対応

センターに寄せられる相談件数は、年間なんと約3,000件。本来のセンターの業務である介護に関する相談のほか、生活への不安、地域に心配な人がいる、虐待を疑う情報提供などさまざまです。

「40代の方から『部屋の片付けができず、自宅がゴミ屋敷になってしまった』という相談を受けたこともあります。その方とは一度お話を伺ったあと、地域の社会福祉協議会と連携してボランティアさんと少しずつ整理する計画をたて、状況の改善につなげられました。介護に関する相談が多いので、相談対象は65歳以上だと思われがちですが、当センターでは、何歳からでもどんな相談も受け付けます。そして、困りごとの内容を伺ったうえで、どこにつなげばよいか紹介先でしっかり対応してもらえるかなども確認します」(木下さん)

現場で相談対応を行なう坂町地域包括支援センターの職員

コロナ禍で実感した、人との関わりの難しさと大切さ

徹底したアウトリーチ支援の姿勢は、コロナ禍においても継続。
フードバンクと連携して、食材や調味料などを生活困窮世帯や学生に届け、“誰も取り残さない支援”を実践し続けました。

個人への支援に加えて、困りごとを誰もが直面する地域全体の課題と捉え、多様な専門職や団体・組織、行政と連携して共有と対応を行なう「地域ケア会議」も実施していました。

「新型コロナウイルスに対する警戒感は、地域のなかでも個人差がありました。ふれあいサロンなどの地域の集いへの参加をめぐっても、『こんな状況なのに地域行事をやるの?』と感じた方もいらっしゃいましたし、「こんな状況だからこそ、孤独を防止するためにも予防対策をしっかりしてやった方がいい」という人もいました。住民の方同士がぎくしゃくするようなエピソードを伺う機会も増えました」(木下さん)

地域課題の共有や解決に向けた対応を決める地域ケア会議

地域内で全く異なる意見が混在する状況に直面し、木下さんは、地域の寄り合いで『禍根を残さない人との係わり方』を学ぶ訪問講座を企画。

「コロナをめぐる小さなトラブルや心の傷は『コロナが終われば元通り』ではありません。今後の地域づくりにおいてマイナスになると考えました。講座は、個人の判断を尊重すること、違う意見だとしても、一旦受け止めることの大切さを学び合う場になっています」(木下さん)

人付き合いの上手なコツについて伝える訪問講座

もう一つ、同センターでは、コロナ禍、地域を巡回する際に実践していたことがあります。それは、車のスピーカーを通じた自宅でできる運動や詐欺被害防止などの呼びかけ。

「住民の皆さんのなかにはベランダから手を振ってくれる人、呼びかけに応じてスクワットを始める人などもいて、“生の声”で呼びかけることの大切さを実感しました」(木下さん)

この呼びかけ活動を通して、『人と会えないなか、(職員の)声を聴くことができてうれしかった』という感想を多くもらったという木下さん。『まちの中に、“あなたのことを気にかけている人がいる”ということを伝える』ことも大切な支援だったと振り返ります。

まちぐるみで認知症高齢者を支える「オレンジリング」

同センターのさまざまな地域での試みは、まち全体での取り組みにも変化を遂げました。そのうちの一つが、認知症の高齢者に向けた地域の見守り活動。
住民や小中学校、警察学校、企業などさまざまな人を対象に、認知症サポーター養成講座を開催しています。町内の小学5・6年生は、ランドセルに認知症理解者の証である「オレンジリング」を装着し、登下校時に高齢者の見守りを行なっています。

「『登下校中にいつも会うおじいちゃんの様子がおかしい』と子どもたちが教頭先生に伝えてくれたおかげで、その方への支援が始まったという事例もあります。高齢者の方々も子どもたちを見守っていますが、子どもたちも地域の変化に気づくようになりました。お互いを見守り合う活動に変わってきています」 (木下さん)

オレンジリング付きランドセルを背負った小学生の認知症サポーター

最後に、「地域住民の皆さん一人ひとりに安心を届けることはもちろん大切だけど、住民同士がお互いに関心を持てるようなまちづくりを行なうことが必要だと考えています」と話してくれた木下さん。

地域を奔走し、住民の孤立を防ぐ支援を実践しながら、アウトリーチを通して、人と人をつなぐ坂町のまちづくり。坂町地域包括支援センターの取り組みは、“誰一人取り残さない”地域社会の実現につながっています。

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