本人が望む看取りに医療と福祉の両面で寄り添う。
手厚い医療ケアで“看取り”までを支える「介護医療院」ってどんなところ?
2023.07.26

医療と福祉の両面で“看取り”まで支える
「介護医療院」ってどんなところ?

鳥取 介護医療院なでしこ境港
Let’s SINC
終末期医療や看取りの必要に応じ、医療と介護の両面で本人と家族をサポートする。

「介護医療院」ってどんなところ?

介護医療院」とは、介護度が高く、医療的なケアが必要な高齢者を対象に、長期療養のための医療と日常生活の介護のサポートを一体的に提供する施設のことです。医療・介護の両方のニーズを併せ持つ高齢者が今後さらに増加することを見込み、2018年に新設されました。

地域ニーズから生まれた「なでしこ境港」

介護医療院「なでしこ境港」も地域のニーズから生まれた施設の一つ。介護度の高い高齢者に医療的なケアを提供しながら「在宅復帰」を目指す、介護療養型老人保健施設「サテライトはまかぜ」から2022年に転換を行ないました。背景にあるのは、高齢化率35.1%(2020年時点)、住民の1/3が65歳以上という医療圏における深刻な高齢化。急性期の治療後も、引き続きリハビリや医学管理が必要な重度の要介護者が急増したことも大きな理由に挙げられます。

「急性期治療後に口からの食事が困難になった高齢の患者さんの場合、胃に穴を開ける処置が必要な胃ろうよりも、中心静脈栄養(ポート)造設を希望するご家族が多いです。そのため在宅復帰が難しくなり、受け入れできる施設も少ないので入院が長引くケースが増えています」と話すのは、同施設で看護師長を務める畑中希美さん。

「なでしこ境港」の利用は、24時間の高カロリー輸液または末梢点滴を行なっている方に限定。在宅酸素や気管カニューレの管理、膀胱留置カテーテル、人工肛門の管理、頻回の喀痰吸引など、専門的な医療処置が必要な人も多数入所しています。 利用者の平均介護度は要介護4~5と高く、ほとんどが重度寝たきりの状態です。

そういった在宅復帰がすぐには難しい患者さんの受け皿となり、医療と介護の両面で高齢者の長期療養を支える介護医療院。今、本人や家族の希望として高まっているのが“看取り”のニーズだといいます。

「同敷地内にある境港総合病院との連携も密なので、入所後に体調不良になった場合も迅速に対応でき、ご家族の安心にもつながっています」と話す畑中希美看護師長

看取りに向け、専門多職種で情報共有を徹底

「近年、看取りにおいて無理な延命治療は行なわず、自然なかたちでの最期を見守りたいという希望が増えている」と話すのは、同施設の介護福祉士・介護支援専門員の﨑田浩明さん。本人・家族の思いに寄り添った“看取り”を行なうためには、医療と介護の両面からの密な情報共有が必要不可欠だと話します。

介護福祉士・介護支援専門員の﨑田浩明 さん

なでしこ境港では、入所時から介護支援専門員を中心に、施設の医師がターミナル期であると診断した時から月に一度、 医師、看護師、介護福祉士、管理栄養士、理学療法士など多職種での看取りカンファレンスを開催。それぞれの知見からの情報共有、提案を行ないます。

看取りカンファレンスでの役割

医師:現在の身体状態、予後予測、リスク(褥瘡形成など)の説明、ケアについての対応方針決定 看護師:患者さんの身体状態について情報共有。本人の状態を踏まえた対応策の発案 介護福祉士:日常ケアの中で、身体状態について気づいたことを共有 介護支援専門員:本人が希望する居室環境を提供するため、家族から仕事や趣味活動などの情報を聞き取り、共有 管理栄養士:血液検査のデータから状態に応じた栄養内容を医師と相談し、結果をチームに共有 理学療法士:身体状態に応じた訓練内容(ストレッチ、筋緊張緩和マッサージなど)を実施・伝達

ターミナル期後半に入ると、体を動かさないことで筋肉や関節などが伸縮性を失い、動かしづらくなるといった症状(拘縮)が見られます。体が“終わり”へと近づくことで起こる症状についても、カンファレンスで各専門職からの意見、対応方法などを話し合います。変化を共有し、対応を統一することで拘縮の進行をコントロールでき、褥瘡などの皮膚トラブルもなく“看取り”の時を迎えられるといいます。

施設には、医師1名、看護師9名、介護福祉士8名(うち1名は介護支援専門員兼務)、介護員1名が在籍。看取りカンファレンスで提供された情報、検討事項によるケアの変更などは、看取りケア対応入所者専用のカーデックスを用いて、多職種で共有

最期まで「その人らしく」

カンファレンスでは、利用者や家族から聞き取りを行なった生活面での希望についても、細やかに情報を共有します。例えば、コーヒー好きな人の居室にはコーヒーの香り袋を設置して香りで部屋が包まれるようにするなど、その人の趣味や嗜好に沿った居室の装飾、環境づくりに取り組んでいます。

80歳代女性・Aさん。入所の際に、施設長(医師)から『Aさんの病状で末梢点滴の場合、平均3カ月で徐々に体が弱っていき、最期を迎えることが多い』と説明すると『最期まで穏やかに苦しくないように過ごさせて欲しい』とご家族(長女、次女)から希望があったのだと言います。

「Aさんの生きがいは、お孫さんの存在。そこで娘さんに依頼して、お孫さんの写真をたくさん持ってきていただきました。当時はコロナ禍で面会制限中。Aさんが寂しくないように居室をお孫さんの写真で飾り、目を開けるといつでも見えるようにしました」(畑中さん)

コロナ禍での面会制限中は、家族に写真や動画で本人の普段の様子を見てもらいながら経過を説明。都合がつく際にリモート面会を実施し、施設長がターミナル期と判断すると、ご家族のコロナ陰性を確認後、1日2名まで娘さんやお孫さんが日替わりで、可能な限り面会を行ないました。

「ある時、アイスクリームが好きだったので、少しでも口に入れてやりたいとご家族からの希望を受けました。施設長の許可のもと、娘さんがアイスクリームを少量、口に入れ『冷たい?おいしい?』と聞くと、普段は眼を閉じていることが多いAさんが、目を開けて頷かれた表情を今でも忘れることができません。娘さんもとても喜ばれ『また食べようね』という声かけに、Aさんもうなずいておられました」(畑中さん)

Aさんは、数日後にご家族に見守られ、静かに息を引き取りました。

後日、娘さんたちから「大好きな孫の写真をたくさん飾ってもらい、母も最期まで孫に囲まれて幸せだったと思います。コロナ禍の中、面会もたくさんさせて頂き、アイスを食べさせたりしてゆっくり過ごすことができました。なでしこに入所させてもらって本当に良かったです」と言葉をもらったことが今でも胸に残っていると話します。

職員が鬼とおかめに扮した節分行事など、季節の行事も行なう
雑誌を読みながら「昔は養鶏場をやっとりました」と話す利用者さん

地域連携で、さらに必要とされる施設に

開設当初は、併設する境港総合病院からの入所が中心でしたが、徐々に近隣の病院や施設からの問い合わせが増え、地域に少しずつ施設が根付いていることを実感していると話す畑中さん。

これまではコロナ禍のため、外部との交流を控えざるを得ない状況が続いていましたが、今後は境港市と共同で介護教室を実施したり、希望者に対して見学会を開催したりと、積極的に地域との交流の場を増やしていきたいと語ります。

2040年には、少子化による人口減少に加え1970年代前半生まれのいわゆる「団塊ジュニア」世代が65歳以上になることで、日本の全人口に対する高齢者の割合が過去最大の約35%となる見込みです。 超高齢社会を迎えるにあたって、どのような“最期”を迎えるかは、自分や家族も含め、誰もが向き合わなくてはならない課題です。そういった「思い」を受け止め、医療と介護が一体となってサポートする「介護医療院」は今後、ますます地域で求められる存在となっていくのではないでしょうか。

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